トリインフルエンザウイルスH7N9について

トリインフルエンザH7N9が中国内で発生し、日本への侵入が危惧されています。これまでにわかっている点についてまとめてみましょう。(文中では、単にH7N9と記します。)

◎インフルエンザウイルスの分類
 インフルエンザの表面には、細胞に結合するHAと細胞から離れる際に必要なNAの2種類の突起が存在します。HAは16種類、NAは9種類知られており、その組み合わせの数のウイルスが存在することになります。鳥には全てが感染し、人にはしばしばH1N1、H2N2、H3N2が感染し、流行をおこしてきました。インフルエンザウイルスは、HAが動物の細胞のシアル酸に結合して感染します。鳥に感染しやすいトリ型インフルエンザは鳥に多いα2-3結合のシアル酸を認識し、人に感染しやすいヒト型インフルエンザは人の気道に多く存在するα2-6結合のシアル酸を認識します。いずれの動物に感染しやすいか、重症化しやすいかを決める要素はいくつか存在しますが、HAがどちらのシアル酸に結合しやすいかは大きな決定要素となります。ブタは、トリ型とヒト型の両者に感染しやすいため、両者が同時に感染して遺伝子が交雑し、新しいウイルスを生む可能性があります。現在はH7N9の流行は、鳥から人への感染によると思われていますので、トリインフルエンザウイルスに分類されています。しかし、将来ウイルスが変異し、人から人への感染が起こるようになると、新型インフルエンザウイルスとして分類されるようになります。

◎トリインフルエンザウイルスH7N9の病原性
 H7N9は、H7亜型ウイルスの一つです。H7N2、H7N3、H7N7の人への感染は報告されていましたが、H7N9の人への感染の報告は今回の流行が初めてです。トリインフルエンザウイルスは、鳥への病原性の強さから、低病原性と高病原性に分けられます。(人に対する病原性とは無関係です。)インフルエンザウイルスがHAとシアル酸を介して宿主細胞に結合すると、宿主の細胞が陥凹し、インフルエンザウイルスを細胞膜で包み込んでいき、エンドソームを形成します。インフルエンザウイルスが細胞内に入り込には、エンドソーム(宿主の細胞膜)とインフルエンザのエンベロープ(外側の膜)が結合して融合する必要があります。このためには、HAがプロテアーゼという酵素の作用を受けて解裂し、エンドソームが不安定にならなければいけません。解裂部位に塩基性アミノ酸の多いHAをもつインフルエンザウイルスは、解裂しやすいため感染が容易に起こり、高病原性になりやすい性質があります。H7N9の場合、鳥の致死率は低く、低病原性鳥インフルエンザに分類されます。鳥に対する致死率が少ないことは養鶏産業としてはよいことですが、発病しない感染した鳥が多数存在することになり、流行が把握しにくいという問題も生じます。H7N9は、発病者が散発的なことから、人への感染力は強くないと思われます。中国の発表では一見致死率が高いように見えますが、入院が必要なほどの重症例しか感染者に含まれておらず、軽症患者を含めた全感染者は遥かに多いことが予想され、実際の致死率はそれほど高くないと推察されます。また、中国ではタミフル等の有効な薬剤が感染早期に投与されておらず、日本の医療環境とはかなり異なります。(早期からタミフルを投与したにもかかわらず重症化した一例報告があります。)ただ、鳥から分離したH7N9のHAは低病原性の性質を示しますが、人から分離したH7N9のHAの解裂部位にはリシン等の塩基性アミノ酸が組み込まれており、病原性が増大しつつある可能性を示します。

◎トリインフルエンザH7N9の診断
 H7N9については、中国からの情報が少なく、十分な知見がそろっていませんが、いくつかの特徴があります。咽頭痛や鼻症状等の上気道症状が少なく、発熱、咳嗽、息切れ等の症状が多いのが特徴です。インフルエンザの遺伝子を複製するRNAポリメラーゼは、トリインフルエンザの場合41℃近くの高温で最も酵素活性を発揮しますが、ヒトインフルエンザの場合は34℃程度の低温で最も酵素活性を発揮します。この性質から、トリインフルエンザは体温の高い下気道にて増殖が盛んに行われ、インフルエンザ肺炎を起こしやすい一因となっており、上記の特徴となって現れていると考えられます。通常の季節性インフルエンザの診断は、咽頭ぬぐい液等の検体による簡易診断キットにて行いますが、H7N9も同様に診断ができそうです。インフルエンザ診断キットは、ウイルスの核蛋白を検出しますので、Hの型の違いによる反応への影響は小さいと予想されます。(診断キットのH7N9に対する信頼度については、今後の十分な検討が必要です。) 10日以内の中国等の流行地域への旅行履歴のある方はH7N9感染を疑う根拠の一つとなります。


◎トリインフルエンザH7N9に対する政府の対応
 2009年に大流行したH1N1以外のトリインフルエンザは4類感染症に分類され、H7N9も4類感染症に分類されています。これは、人同士の感染は無いが、動物・飲食物等を介して人に感染する為、早急な届出が必要になる感染症をさします。厚生労働省は2013年4月24日、H7N9を感染症法に基づく「指定感染症」にすることを決めました。指定感染症になると、拡大防止策として、患者に対して最長2年間の強制的な入院措置や就業制限などが可能になります。また、検疫感染症にも指定され、空港などの検疫所で感染が疑われる人に対し、質問や検査、診察を行えるようになりました。ワクチンの製造は、これまで有精卵を使って行ってきましたが、製造まで6ヵ月を要するという欠点があります。今後、細胞培養を使用した製造法を使って3ヵ月程度で作製できるようにする方向性を示しています。診断キットについては、厚生労働省がH7N9のキットを開発したとの発表を行っており、当初は限られた施設への配布にとどまると思われますが、確定診断が簡単にできそうです。


京都市中京区 内科皮膚科 西村医院