薬剤耐性

細菌やウイルス等が薬剤に対して抵抗力を持つことを薬剤耐性と言います。今日問題となっている薬剤耐性病原体についてみてみましょう。

◎メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)
 黄色ブドウ球菌に対して本来有効であるメチシリンに耐性になってしまったブドウ球菌です。メチシリンを含めたペニシリンやセフェム等のβラクタム剤は、細菌の細胞壁を合成する酵素の働きを阻害することにより殺菌します。(菌体内は圧力が高いので、細胞壁という固い膜で細菌を覆わないと破裂してしまいます。)MRSAは、細胞壁合成酵素の一つであるPBP2をPBP2'に変化させることにより、薬効を発揮できないようにしています。MRSAの治療には、バンコマイシン(VCM)、タゴシッド(TEIC)、ザイボックス(LZD)、ハベカシン(ABK)等の薬剤を使います。

◎バンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌(VRSA)
 上記の耐性に加え、バンコマイシンにも耐性になった、黄色ブドウ球菌です。βラクタム剤と同様にバンコマイシンも細胞壁の主成分であるペプチドグリカンの合成を阻害することにより抗菌力を発揮しますが、前者が糖鎖とペプチドの結合という最終段階を阻害するのに対し、後者はペプチド鎖の合成を阻害します。もともと、バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)という菌があり、ペプチド鎖のアミノ酸の一つを乳酸やセリンという物質に変えることによりバンコマイシンの作用点をなくし、同薬剤に耐性を得ていました。その同じ耐性機構が黄色ブドウ球菌に移って、バンコマイシン耐性になったのがこのVRSAです。VREは感染しても病原性を持つことはほとんどありませんので大きな問題にはなりませんが、病原性のあるMRSAが、バンコマイシンにまで耐性を持つと大問題です。

◎ペニシリン耐性肺炎球菌(PRSP)
 肺炎球菌(Streptococcus pneumonia)は、肺炎や髄膜炎を起こす代表的な菌です。抗生物質の有効性をあらわす指標として最小発育阻止濃度(MIC:minimum inhibitory concentration)という数値を利用します。この指標により、以下のように分類されています。
≦ 0.06mg/L  ペニシリン感受性肺炎球菌(PSSP:penicillin sensitive S.pneumoniae)
0.1〜1.0mg/L ペニシリン中等度耐性肺炎球菌(PISP:penicillin intermediate resistant S.pneumoniae)
≧2.0mg/L   ペニシリン耐性肺炎球菌(PRSP:penicillin resistant S.pneumoniae)
細胞壁を作る酵素である、PBPが変化することが、耐性の機序と言われています。
PRSPとは言え、十分量のペニシリンを投与するとMIC上回る濃度を得ることはできますので、治療にそれほど困ることはありません。

◎βラクタマーゼ非産生アンピシリン耐性インフルエンザ菌(BLNAR)
 インフルエンザ菌は、肺炎球菌と同様に肺炎や髄膜炎を起こす代表的な菌です。よく、インフルエンザウイルスを混同されますが、両者は全く別物です。

◎基質特異性拡張型βラクタマーゼ(ESBL)産生菌
 本来、ペニシリナーゼは、ペニシリンのみを分解しますが、基質特異性が拡張し、第三世代や第四世代のセフェム系抗生物質まで分解できるようになったものを、ESBLと呼びます。この遺伝子は、核の染色体ではなく、プラスミドという細胞質内にある染色体上に存在し、その耐性機構は、多の細菌に伝搬されやすい性質を持っています。

◎多剤耐性緑膿菌(MDRP)
 緑膿菌は、健康な人には病原性は持ちませんが、抵抗力の弱い人には時に病原性を示す菌です。菌の最外層にある外膜を薬剤が通過する際、ポーリンという穴を通りますが、この穴が通りにくい構造に変わると耐性化します。また、抗生物質を分解する力の強いメタロ・βラクタマーゼの遺伝子が入り込むと、耐性化します。さらに、いったん菌体内に入った抗生物質を菌体外に排出するエフラックス機構が発達しても薬剤耐性となります。これらの耐性機構が組み合わさり、アミカシン(AMK)、イミペネム(IPM)、シプロフロキサシン(CPFX)という通常の緑膿菌に効力のある抗生物質にすべてに耐性を持つと、MDRPとなります。緑膿菌は、水のあるところで増える性質があり、病室に花瓶を置かない方がよいといわれるのはこのためです。

◎多剤耐性結核菌(MDR-TB)
 現在主流の抗結核剤である、イソニアジド(INH)とリファンピシン(RFP)の両者に耐性の結核菌を多剤耐性結核菌(MDR-TB)と言います。さらに、アミカシン(AMK)、カナマイシン(KM)、カブレオマイシン(CPM)のいずれかとフルオロキノロンのいずれかに耐性を有するものを超多剤耐性結核菌(XDR-TB)と呼びます。これらの場合、有効として残った薬剤を3剤以上組み合わせて治療しますが、強い抗菌力を持つものが少ないため、治療に難渋します。

◎多剤耐性アシネトバクター
 アシネトバクターは、緑膿菌と同様にどこにでも生息する菌で、通常健康な人には感染しません。しかし、抵抗力の弱い人には時に病原性を発揮し、その大部分はアシネトバクタ−・バウマニです。もともと、抗生物質の効きにくい菌ですが、特に薬剤耐性の強い菌が、本年になって帝京大学病院や藤田保健衛生大学病院でみられ、院内感染として問題になっています。コリスチン(CL)とチゲサイクリンが有効ですが、日本ではどちらも保険収載されていません。

◎NDM-1産生菌
 インドから帰国した患者からしばしば多剤耐性菌が検出され、世界的に話題になっています。これらは、NDM1(ニューデリー・メタロ・βラクタマーゼ1)という薬剤耐性遺伝子を持っていることが特徴です。上記のごとく、メタロ・βラクタマーゼは、極めて強力な薬剤耐性を誘導する酵素です。この菌の問題は、耐性遺伝子を持ったのが大腸菌や肺炎桿菌であるということです。緑膿菌やアシネトバクターは抵抗力が弱い人にしか病原性を持ちませんが、これらの菌は誰にでも病原性を発揮する可能性があります。ただ、この遺伝子は大腸菌の病原性を増加させるわけではありませんので、薬剤耐性は強くしますが直接的に病気を重くすることはありません。

◎オセルタミビル耐性インフルエンザ
 近年流行しているインフルエンザウイルスは、H1N1とH3N2の2種類です。2007年11月よりH1N1のオセルタミビル耐性ウイルスが北欧を中心に流行し、その後全世界に拡大していきました。世界で突出してオセルタミビル(タミフル)の使用量が多い日本発でないことから、薬剤の使用量と耐性ウイルスの出現とは無関係と思われます。耐性と言っても薬理学的なレベルですので、十分な血中濃度の得られる実際の臨床では、効果がないわけではありません。ただ、今後さらなる耐性化がおこれば、治療に支障がでてくるかもしれません。吸入剤であるザナミビル(リレンザ)には耐性を示しませんが、注射薬であるベラミビル(ラビアクタ)には耐性を示すようです。新型インフルエンザ(A/H1N1)は、高い感受性を持っていますが、今後の耐性化が懸念されます。