細菌性食中毒は、3つの型に分類されます。
1.組織侵入型:腸の粘膜細胞を壊して、体内に入ってくるため、腸に潰瘍ができたり、血便が出たりします。サルモネラ菌がこれに属します。
2.生体内毒素産生型:生体内に入ったあとで、毒素を産生します。
  腸炎ビブリオ、病原性大腸菌、カンピロバクター・ジェジュニがこれに属します。
3.食品内毒素産生型:食品内で毒素を産生し、毒素を摂取することにより、発病します。
  黄色ブドウ球菌、ボツリヌス菌がこれに属します。

上記の分類では、菌によっては、2つの分類にまたがっていることもあり、厳密な区分ではありません。書物によっては、分類の仕方が、異なっている場合があります。 



サルモネラ Salmonella Enteritidis
 サルモネラは、食中毒起炎菌としては、最も多く、その中でもサルモネラ・エンテリティディス(以後SEと記載)が問題となっています。このSEは、鶏の腸内に潜んでおり、産卵時に卵の殻に付着すると考えられています。一部は、産卵時にすでに卵殻の内部に侵入しており、これが食中毒の原因として問題視されています。現在、3000個に1個の鶏卵が、汚染されていると言われています。SEを含んだ食品を摂取すると、平均12時間の潜伏期のあと、下痢、腹痛、悪寒、発熱、嘔吐、頭痛等の症状で発症します。回復後にも、長期にわたって、菌の排出を続けることが、新たな感染を引き起こす可能性として問題となります。
 予防としては、生卵を食べるのを避けるのが一番ですが、生卵を食べる場合は、割ったらすぐに食べるようにしましょう。先に述べたように、卵の3000個に1個が汚染されていますが、含まれている菌数は、ごく少量であり、発病に必要とされる10万個〜100万個になるには、かなりの増殖を必要とします。SEは、白身の中にいますが、卵を割ってかき混ぜると、黄身と白身が混ざり、菌の増殖に好都合の環境となります。また、SEは、摂氏8度以下では、増殖しませんので、卵の保存は冷蔵庫入れることが必要です。流通、販売の段階では、室温に置かれていることが多いので、社会的にも改善が必要です。


回復後も約50%の患者に2〜4週間の排菌がみられ、10〜20%の患者に数ヶ月におよぶ排菌がみられる。
 食品取り扱う者の保菌が食中毒の原因となることがあるため、このような職業の者は、検便が義務づけられている。イギリスでは、連続3回の検便でサルモネラ菌が検出されなければ保菌を否定している。集団食中毒の際、しばしば調理者から同じ菌が検出されるが、調理者が試食により感染した可能性があり、必ずしもその調理者が感染源と断定する事はできない。


腸炎ビブリオ Viblio parahaemolyticus
 海産魚介類を生で食べたときにしばしば起こる食中毒です。潜伏時間は、6〜20時間で、発症すると下痢、発熱を起こします。強い下痢の割に、嘔吐、発熱が軽度なのが特徴です。一般に症状は軽く、重篤になることはほとんどありません。

 潜伏期間が短いのは、菌の分裂が10分〜12分起こるためであり、これは通常の菌の数分の1の時間である。食中毒を起こすのは、耐熱性溶血毒(thermostable direct hemolysin TDH)産生株であり、海水と淡水が混じり合う領域にいることが多い。発症は、通常7〜9月に限られているが、旅行者の下痢はこの限りではないので注意。血便を伴ったり、突然の強い上腹部痛で発症することもあり。抗菌剤を投与しなくても、半日で自然軽快することが多い。


病原性大腸菌 
Escherichia coli
 大腸菌は、腸内の常在細菌であり、一般的には腸内にいる限り無害な菌です、しかしながら、例外的に人体に害を及ぼす大腸菌が存在し、病原性大腸菌と呼んでいます。
専門的には、いくつかに分類されていますが、近年特に問題とされているのは、腸管出血性大腸菌O157です。
この大腸菌は、ウシ等の家畜の腸内からしばしば分離されます。食品の中では、牛肉から分離されることが多くを占めますが、野菜等の他の食品から分離された報告も少なくありません。O157の入った食品を摂取すると3.8日〜8日後に、水様性下痢と腹痛で発症します。さらに数日の内に血便となります。悪心、嘔吐は、比較的軽いようです。38度以上の発熱を伴うことがあります。風邪のような症状を伴うことがあるので、注意が必要です。
 このO157は、Vero毒素という極めて強い毒素を持ち、強い症状を引き起こします。先に述べた血便もその一つですが、6〜8%に溶血性尿毒症症候群というさらに重篤な状態を引き起こします。これは、貧血、血小板減少、腎機能障害を引き起こす病態で、命にも関わります。


 次の5つに分類される。
 1.腸管病原性大腸菌 (enteropathogenic Escherichia coli, EPEC)
 2.腸管侵入性大腸菌 (enteroinvasive Escherichia coli,    EIEC)
 3.毒素原性大腸菌  (enterotoxigenic Escherichia coli,   ETEC)
 4.腸管出血性大腸菌 (enterohemorrhagic Escherichia coli, EHEC)
 5.腸管集合性大腸菌 (enteroaggresive Escherichia coli,   EAggEC)
この中では、毒素原性大腸菌の頻度が最も高い。この菌は、発展途上国から、帰国後に発生する旅行者下痢症の中で、最も大きな割合を占める菌でもある。

カンピロバクター Campylobacter jejuni
 カンピロバクターは、主に鶏肉より感染する食中毒です。鶏肉を生で食べる愛好者に多いようです。その他、井戸水からの感染、牛乳からの感染も報告されています。潜伏期は、2〜7日と長いのが特徴です。発熱、倦怠感、頭痛、筋肉痛等の前駆症状があり、その後嘔吐、腹痛、下痢が出現します。下痢は、水溶性ですが、粘液便や血便のこともあります。38度以上の発熱がみられます。食中毒の中では、重い方と言えますが、多くは一週間で治癒します。

 100のオーダーというきわめて少ない菌量で発症するため、食品内の菌の増殖がなくても、食品の汚染のみで発症する。30度以上の環境では死滅するが、低温に強く、冷蔵庫内でも生き延びる。発熱と下痢が、主症状だが、腸管膜リンパ節炎、腹膜炎をおこしたり、偽虫垂炎と呼ばれる虫垂炎と似た病状を呈することがある。治療薬としてマクロライドを使用する。ニューキノロンは、DNAジャイレースのAサブユニットの変化により、急速に耐性化を起こすため、使用しない。この耐性は、使用薬剤のみでなく、全てのニューキノロンに及ぶ。
 C.jejuni腸炎の発症後1〜4週間後に、ギランバレー症候群がしばしばおこる。同症の約3割C.jejuni腸炎が先行する。同症候群をおこす、C.jejuniは、PEN19型が多く、患者は、日本人の検討では、HLA-B54を有する者が多い。(Reiter症候群もしばしば、C.jejuni感染の後に起こるが、この場合はHLA-B27を有する者に多い。)
 C.jejuni腸炎後のギランバレー症候群では、IgG型ガンクリオシド抗体が、高頻度に検出され、電気生理的に軸索型障害パターンを示す。四肢遠位の筋力低下をきたし、後遺症が残りやすい。



黄色ブドウ球菌 Staphylococcus aureus
 おにぎり、ケーキ等の手で作る食品から感染します。怪我をして化膿している手で、おにぎりを作った場合が多いようです。潜伏期間は、数時間と最も短い期間です。これは、既に食品中で毒素が産生されているためで、毒物を服用するのに近い状態です。主たる症状は、嘔吐ですが、下痢、腹痛、発熱も若干伴います。症状は、数時間から半日でおさまり、最も軽い食中毒の一つです。
 この食中毒の原因となる毒素はエンテロトキシンと呼ばれ、摂氏100度40分の加熱でも失活しません。それ故、一旦汚染された食品は、廃棄以外なく、菌を食品につけないと言うのが予防のポイントです。おにぎりを作るときは、ご飯をラップにくるんで作りましょう。

 黄色ブドウ球菌の増殖温度は、摂氏5.0〜47.3度で、至適温度は摂氏30〜37度である。エンテロトキシンの産生温度は、一般に摂氏20度から約45度と言われているが、摂氏10度でも産生する。


ボツリヌス Clostridium botulinum
 酸素のあるところでは増殖できない菌です。また、環境が悪くなると芽胞という状態になって、生き延びることができる菌でもあります。乳児では、蜂蜜による食中毒が、成人では缶詰や発酵食品による食中毒がみられます。ビツリヌス菌は、極めて強い毒素を出すため、致死率が非常に高い食中毒です。致死率という意味では、悪名高い病原大腸菌O157を遙かにしのぎます。
 潜伏期は、含まれる毒素量により影響しますが、通常は18〜36時間です。初発症状は、悪心、嘔吐です。そのあとめまい頭痛がおこり、神経毒であるボツリヌス毒素に起因する弱視、複視、瞳孔散大、眼瞼下垂、発語障害、えん下困難、腹部膨満、便秘、尿閉等の様々な症状がおこります。抗毒素血清にて治療した場合は、8.9%、抗毒素血清を使用しなかった場合は、致死率28.5%というデータがあります


 グラム陽性の偏性嫌気性菌。有芽胞の桿菌。芽胞を形成するため、環境の変化に極めて強い。


エルシニア Yersinia enterocolitica、Yersinia pseudotuberculosis
 摂氏0〜5度という低温でも発育する菌ですので、冷蔵庫に入れていても、安心できません。

 腸内細菌に含まれるグラム陰性桿菌。摂氏4度という低温でも発育する、低温発育病原菌である。病原性は、菌が腸管上皮細胞に進入することによる。
Y. enterocoliticaは、下痢を主体とした症状を示す。回腸末端炎、腸管膜リンパ節炎をおこすことがある。
Y. pseudotuberculosisは、急性敗血症と腸管膜リンパ節炎の2型がある。高熱を伴う。下痢、嘔吐、腹痛等の腹部症状は軽く、みられないこともある。川崎病様の症状を呈する者もある。
いずれの菌も、右下腹部痛をおこすことがあり、急性虫垂炎と鑑別しにくいことも多い。
まれに、輸血が原因で感染することがある。1ヶ月以内に発熱、下痢を起こした者は、献血を控えた方がよい。

ウエルシ菌 Clostridium perfringens
 腹痛と下痢が主症状です。下痢は水溶性で、まれに粘血便が見られます。予後は良好です。

 グラム陽性、嫌気性の桿菌。他のクロストリジウム同様芽胞を形成する。細菌学を学んだ者であれば、stormy fermentationといわれる強力な発酵力は、忘れないであろう。加熱調理後の脱気状態等の嫌気状態で30〜50度の状態に置かれると繁殖する。潜伏期は、8〜22時間で、水溶性の下痢と腹痛で発症する。1〜2日で、軽快し、予後はよい。腸管内で増殖した菌が芽胞を形成する際、CPE(Clostoridium perfringens enterotoxin、ウエルシ菌エンテロトキシン)を産生して引き起こされる、生体内毒素型食中毒である。

セレウス菌 Bacillus cereus
 セレウス菌嘔吐型による食中毒は、前日に食べ残したご飯を翌日に焼きめしにして食した際に、起こることが多いようです。セレウス菌の毒素は、耐熱性であるため、調理によって失活させることはできません。

 好気性で、芽胞を形成する大桿菌。本菌は、自然界に多く分布し、健常者の糞便のみならず、食品からも多く分離される。それゆえ、診断には慎重さが要求される。食中毒には下痢型と嘔吐型があり、前者はウェルシ菌食中毒に、後者はブドウ球菌食中毒に酷似していると言われている。一般に予後はよいが、嘔吐による窒息死が散見される。


プレシオモナス Plesiomonas shigelloides
 東南アジアへの旅行にて、感染することが多い菌です。10〜48時間の潜伏期の後、腹痛、水溶性下痢、軽度の発熱を起こします。症状は軽く、自然治癒します。


クリプトスポリジウム Cryptosporidium
 クリプトスポリジウムは、原虫に属します。原虫とは、寄生虫の一種です。感染した哺乳動物の糞便に汚染された水を飲むと感染します。潜伏期間は、4〜5日で、発症すると粘液を含む緑褐色の悪臭を伴った水溶性の下痢が1〜2週間持続します。AIDS等の免疫不全がなければ自然治癒する予後のよい腸炎です。

 感染した人や牛が糞便と共に大量のオーシストを排出し、感染源となる。家畜等により飲料水の元となる川が汚染されると大量の患者が発生する。クリプトスポリジウムは、塩素に耐性であり、水道水では、殺菌されない。その反面熱に弱い。
 診断は、蔗糖遠心浮遊法にて、オーシストを分離し、検鏡することによる。直径5μm前後のオーシストを見つければよい。同種の原虫で、クリプトスポリジウムより重症の下痢をおこすサイクロスポーラも同じ方法でオーシストを分離する。サイクロスポーラのオーシストは直径10μm前後で、クリプトスポリジウムのオーシストより大きい。

アニサキス Anisakis
 アニサキスは、サバ等の海産魚類にいる寄生虫です。長さ数cmの細長い寄生虫です。通常は魚の内臓にいますが、魚の鮮度が落ちてくると、筋肉に移行するようです。鮮度の悪い魚や、内臓処理が悪い魚を食べると感染することになります。アニサキスは冷蔵庫では死なず、酢等の酸にも耐性です。魚類を生食後数時間して、強い上腹部の痛みで発症します。内視鏡を行うと、胃壁に穿入しているアニサキスを見つけることができます。内視鏡の鉗子でつまみ出すのが唯一の治療です。(ガストログラフィンという造影剤を飲むとアニサキスの動きが悪くなり、つまみやすいと言われています。)アニサキスの中には腸に侵入して腸閉塞を起こすものがあり、時には手術となります。

◎クドア Kudoa septempunctata
クドアと呼ばれる寄生虫による食中毒があることが最近判明しました。クドアが寄生したヒラメを生で食すると、数時間程度後に、嘔吐や下痢で発症します。通常軽症で自然治癒します。遺伝子検査にて、診断可能です。昨年、京都市下京区の料亭で、発生が報告されています。