◎熱中症

◎熱中症 (heat illness) の分類

 熱中症は、高温環境下や運動による体温の上昇によってもたらされる健康障害を言います。熱中症には、古典的熱中症と労作性熱中症があります。古典的熱中症は、基礎疾患のある高齢者に多く、室内で起こり、数日かかって徐々に重症化していきます。男女差はありません。労作性熱中症は、若年者や中年に多く、高温環境に運動負荷が加わって起こるものです。数時間内で急激に発症し、多くが男性です。病態による分類では、熱失神、熱けいれん、熱疲労、熱射病に分類されています。また重症度を基準とした分類が最近使用されることが多く、T度、U度、V度に分けられます。病態による分類と、重症度による分類は関連があり、おおむね熱失神と熱けいれんはT度に、熱疲労はU度に、熱射病はV度に対応します。

熱失神 heat syncoppe   (T度)
 高温により、末梢血管拡張、発汗による脱水により、血管容量に対して相対的な循環血液量の減少がおこり、低血圧により失神をおこす病態です。涼しいところに移動させ、生理食塩水等の補給のみで回復します。

熱けいれん heat cramp  (T度)
 多量の発汗時に水分のみ補給したときにおこります。ナトリウム等の電解質が不足するのが原因で、下腿、大腿、体幹等の筋肉がけいれんします。(正確には、けいれんではなく、こむら返りと同じ攣縮です。)体温、意識ともに正常です。熱けいれんは、軽症の場合は、涼しい環境で、電解質の補液を行うだけでもかまいません。経口で水分と塩分を補給するには、スポーツ飲料が最も手っ取り早いですが、市販のスポーツドリンクは、電解質濃度が低すぎるので、食塩の追加が必要という意見もあります。一般には、これらの対応のみで軽快しますが、症状の重いときは、受診しましょう。

熱疲労 heat exhaustion  (U度)
 高温環境下で、発汗等により体温低下をはかるため、循環血液が体表に移動し、主要臓器への血流が不足した状態です。循環血液の分布異常が原因とされていますが、水分、塩分の絶対的な欠乏も起こっていると考えるのが自然でしょう。脱力、めまい、悪心、頭痛、筋肉痛等の症状が起こります。体温は上昇しますが、発汗による防御作用は残っていますので、39度を超えることはなく、通常意識の低下はほとんどありません。乳酸リンゲルや生理食塩水の点滴にて補液を行います。

熱射病 heat stroke  (V度)
 最も重症の熱中症です。熱疲労の状態が更に進み、循環血液量の減少が顕著になった状態です。発汗による体の防御作用が停止しするため、体温は40度以上に上昇します。体温が40度になると、酵素の変形が起こり、41度になるとミトコンドリアの主たる機能である酸化的リン酸化が傷害され、エネルギーを産生できなくなります。臓器別には、まず筋肉や消化管が傷害され、さらに進むと中枢神経もおかされます。凝固機能に障害を起こし、DICという状態になると、さらに重篤となります。熱中症が重症化し熱射病の病態になると、興奮、幻覚、けいれん等の精神神経症状が出現し、放置すると多臓器不全を起こして生死に関わる状態となります。熱疲労同様の補液が必要ですが、加えて気管内挿管等の蘇生医療も場合によっては必要です。

 熱疲労、熱射病は、直ちに医療機関の受診が必要です。救急車が来るまでは、涼しい環境に移し、可能であれば、水、風を使って体温をできるだけ低下させましょう。意識の混濁しているときは、誤飲の可能性があるため、絶対に水を飲ませてはいけません。体の冷却法として、腋窩、頸部、そけい部などの大血管が体表に接している部分に氷嚢を置くことが言われていますが、効果は大きくありません。体表を濡らして扇風機等で風を送り、気化熱で体温を奪う方法が確実性があり勧められています。バスタブがあれば、冷水を満たし体をつける方法もあります。以前は、体表の血管収縮や震えがおこる等の理由により、冷却効率に否定的な考えもありましたが、いずれも問題ないという考え方も出ています。冷水での胃洗浄、膀胱洗浄、冷水の輸液は、補助的な手段としてはある程度有用です。


◎熱中症になりやすい体質
 肥満者は、統計的に熱中症になりやすく、相対的に体表面積が少なく熱の放散が悪いことが原因と思われます。血液は、酸素や栄養を運ぶ重要な体の成分ですが、体内にたまった熱を体表に移し、体温を低下させる働きも持っています。心不全があると、心拍出量が減り体温調節作用が減弱します。また、脱水があると発汗量が減るだけでなく、血液による体温低下作用が減弱します。
脂肪は、重要なエネルギー源であり、特に心筋や血管内皮細胞では特に大きな役割を果たします。脂肪を細胞内のミトコンドリアに取り込むための重要な酵素である、Carnitine palmitoyltransferase U(CPTU)の遺伝子異常と熱中症との関連が指摘されています。専門的ですが、記号で書くと、[1055T>G/F352C]や[1102G>A/V368I]となり、DNAの1つもしくは2つの塩基が入れ替わっただけで、体温の上昇によって酵素活性が低下し、エネルギー代謝に支障を来します。前者の変異は、インフルエンザ脳症の一因としても指摘されています。このような遺伝子変異を持つ方は、熱中症になりやすい可能性があり、今後の研究が注目されます。


◎電解質について
 人体の60%は水分でできており、その中にナトリウム(Na)、塩素(Cl)、カリウム(K)等の様々な電解質を含んでいます。血液中のNa濃度は、約140mEq/L程度です。血液中のNa等の電解質濃度は腎臓で作られる尿によって調節されており、アルドステロンやバゾプレッシンといったホルモンが大きく関わっています。日常生活で、体液量や電解質濃度に影響を与えるものに発汗があります。汗は、皮膚にある汗腺より出てきます。汗腺は、汗を作る分泌部と、汗を表面に出す導管部でできています。まず、分泌部にNaが分泌され、次いで受動的にClが分泌され、最後に浸透圧差で水が分泌されます。この汗の原液は導管を通して皮膚に出て行きますが、導管を通る際に電解質が吸収されていき、薄められていきます。不感蒸泄のように少しずつかく汗は、ほとんど電解質を含まない水のような汗ですが、激しい運動時にかく吹き出すような大量の汗は、導管での電解質の吸収が追いつかないため、Na濃度が上昇し、血清濃度に近づいて行きます。このため、激しい運動では水に加えて電解質が失われることになりますが、逆に血液中の電解質濃度の急な変化を防ぐことができるという、合目的性も持っています。一般に、体液量の変化より体液成分の変化の方が、細胞活動に大きな影響を与えますので、体は後者の調整を優先させます。体液量の変化は、血管等のバッファー作用により、多少の変動であれば、生理活動に影響を与えません。
 スポーツ時や暑い環境での作業時には、発汗による体液の喪失を補うために、摂水が必要です。しかし大量の汗をかくような時には電解質も多く失われているため、水のみの補給では電解質に異常をきたします。電解質の補給も必要となりますが、どの程度のNa補給が必要かは、運動量、環境、体質によって異なり、一概には言えません。Na濃度は、スポーツ飲料として市販されているポカリスエットでは21mEq/L、アクエリアスでは14.5mEq/Lです。医療用ですが、下痢の時に使われるOS-1では50mEq/Lです。いずれも血液中のNa濃度よりは低く、きわめて大量に発汗する時のNa補給には塩分の追加が必要な場合も予想されます。スポーツ飲料にはブドウ糖やショ糖が含まれていますが、栄養補給というより、消化管よりの水分の吸収を早めるという意味合いで用いられています。同様の目的でクエン酸を含んだ経口補液水が多く、スポーツ飲料が酸っぱく感じられるのはこのためです。



京都市中京区 内科皮膚科 西村医院