◎インフルエンザの合併症

インフルエンザ肺炎
  ウイルス性肺炎:インフルエンザ発病後1〜2日のうちに呼吸困難、低酸素血症が出現する、死亡率の高い肺炎です。喀痰はほとんどなく、白血球も増えません。間質性肺炎の形をとり、その経過より電撃型インフルエンザ肺炎とも呼ばれています。
 混合感染型肺炎:インフルエンザ発病後3〜4日し、本来なら軽快してくる頃におこる、細菌との混合の肺炎です。インフルエンザ菌、肺炎球菌、モラキセラ等が起炎菌となります。
 2次性細菌性肺炎:インフルエンザの症状軽快後におこる細菌性の肺炎で、最も多いタイプです。上記同様インフルエンザ菌、肺炎球菌、モラキセラ等が起炎菌となりますが、基礎疾患があると緑膿菌も起炎菌となります。

インフルエンザ脳炎・脳症
 おもに4才以下の幼児に発症する脳炎・脳症です。大部分の症例は、発病後2日以内に発症し、死亡率は20%以上、神経後遺症を残して治癒したもの27%という極めて重篤な合併症です。脳炎とは、中枢神経系よりウイルスゲノムが検出されたり、炎症所見があった場合をさし、中枢神経症状はあるが、これらの所見が見あたらない場合を脳症と呼ぶようです。
インフルエンザ脳炎・脳症として分類されているものには、次の4つがあります。
 ○Reye症候群: インフルエンザに罹患した小児が、アスピリンを服用すると発症することがあります。アスピリンとの因果関係が知られてからは、発症はほとんどなくなりました。低血糖、高アンモニア血症を伴います。急性のミトコンドリアの機能不全が見られ、肝臓に脂肪沈着を認めます。罹患年齢は、4〜6才であり、他のインフルエンザ脳症より年長児に多いと言えます。尚、PLやPAといったいわゆる総合感冒薬には、アウピリン(アセチルサリチル酸)は含まれていませんが、アセトアミノフェンに加えて、サリチル酸アミドやメチレンジサリチル酸プロメタジン等のサリチル酸誘導体が含まれており、念のために小児のインフルエンザには使用しない方が安心です。
 ○小児急性壊死性脳炎: 乳幼児に好発する脳症です。脳の多発性の浮腫性壊死性病変が、視床、内包、橋等に左右対称に見られます。意識障害、痙攣、嘔吐で始まり、24時間以内に昏睡に陥ります。
 ○出血性ショック脳症症候群Hemorrhagic shock and encephalopathy syndrome(HSES): DIC等による出血、ショックを伴う脳症です。多臓器不全を伴うことが多いといわれています。急激な高熱が多臓器不全を起こすのではないかという説もあります。蛋白融解酵素の血中への流出が原因と考える者もいます。
 ○ウイルス性脳炎・脳症: 上記のいずれにも当てはまらない脳症です。
インフルエンザ脳症は、発熱とともに痙攣を起こすことが多いのが特徴です。小児には、熱性痙攣という疾患があり、紛らわしいことがあります。一般に熱性痙攣は熱の上昇時におこり、左右対称の痙攣ですが、インフルエンザ脳症の痙攣は、高熱が出てからおこり、必ずしも左右対称ではありません。
検査所見では、GOT、GPT、LDH等の上昇、血小板の低下を認め、これらの程度の強い者は、予後がよくありません。
 ワクチンが、インフルエンザ脳症を防ぐかどうかは、わかりません。2000年は、202例のインフルエンザ脳症が報告され、そのうち3人がワクチン接種者であることが判明しています。(3人のうち2人が死亡しています。)このことより、ワクチンを打てば大丈夫とは言えませんが、また、小児のワクチン量は、昔、ワクチンの質が悪くて副作用が多かった時代に決められた量であり、効果という意味でみた場合、少なすぎる可能性があります。インフルエンザ脳症にワクチンが有効かを論じるには、ワクチンが適正量入っていることが前提になり、小児の接種量の再考が必要です。
 インフルエンザ脳炎、脳症の奇妙なところは、Reye症候群を除いて、日本でしか報告されていないことです。欧米のみではなく、日本人と人種的に近い香港でも報告はありません。但し、過去の欧米の論文を詳しくみてみると、それらしいのはあるようですので、単に見過ごされているだけかもしれません。インフルエンザウイルスそのものが、このように急速に中枢神経障害を起こすとは考えられず、嗅神経、嗅球、辺縁系を介したグリア細胞の活性化が、中枢神経系内の高サイトカイン状態を招き脳症を起こすのではないかとも考えられています。また、血管内皮細胞障害によると思われる血栓がみられ、血液検査にて凝固系に異常を示す者は、予後が悪いようです。HLAB60との関連を指摘する報告もあり、脳症の一部は、遺伝的背景が疑われています。
 2002年、菅谷らにより、インフルエンザ脳症患者の髄液中に、HHV-6およびHHV-7のDNAが見られたことが報告されました。インフルエンザ脳症が、HHV-6脳症と類似点が多いことから、インフルエンザウイルスとの混合感染や、インフルエンザウイルス感染を契機としたHHV-6の再活性化が脳症の原因となっている可能性が示されました。
HHV-6は、突発性発疹の原因ウイルスとして知られていますが、近年はhypersensitivity syndromeや慢性疲労症候群との関わりについて注目されています。このウイルスは、初感染時に突発性発疹を起こした後、体内に潜伏感染をします。潜伏感染は、唾液腺、単球、マクロファージ等にて起こることが知られています。潜伏感染には、IE1、IE2という特殊蛋白が必要であり、通常はこの蛋白は免疫寛容により保護されていますが、何らかの理由で免疫寛容が破綻すると機能低下し、HHV-6は潜伏感染でいられなくなり、病原性を発揮するという説があります。HHV-6は、突発性発疹の際に高率に中枢神経系に移行することが知られており、脳内にも潜伏感染するようです。マクロファージに潜伏感染すること、マクロファージは脳血液関門を通過すること、ミクログリアはマクロファージ起源であること等は、HHV-6が中枢神経系疾患に関与する印象を与えます。インフルエンザ脳症の痙攣と、熱性痙攣は鑑別が必要なことですが、熱性痙攣においてもHHV-6の再活性化が原因とも言われており、両者の区別もクリアーなものではないかもしれません。 
 脳症の発症に、ミトコンドリアの脂肪酸代謝にかかわっている、carnitine palmitoyl transferase Uに原因を求める説もあります。同酵素の熱不安定性のフェノタイプを持った患児が、高熱により脂肪酸の代謝異常とそれに続くATPの枯渇をきたすのが脳症の原因とするものです。


毒素性ショック症候群

 1999年1〜2月に三重県多度町の精神病院で、インフルエンザの集団感染がおこり19名の死者を出したことで有名になった合併症です。一時はこの病院の管理体制の不備ではないかと非難が集中しましたが、後に感染症の管理の行き届いた病院であり、決して医療過誤によるものではないことが判明し、同病院の名誉が回復されました。死亡した患者は、インフルエンザ症状が改善に向かう頃に、全身の紅潮発疹を伴う発熱が見られ、呼吸不全を伴って死亡に至る経過をとりました。これは、ブドウ球菌の産生するスーパー抗原である、TSS Toxin 1によるtoxic shock syndrome であることがわかりました。インフルエンザに感染すると、ブドウ球菌の感染を受けやすくなること、ブドウ球菌が感染すると、HAが開裂し、インフルエンザウイルスが侵入しやすくなること、の2点より悪循環に陥るのではないかと考えられています。