インフルエンザ治療薬


 インフルエンザウイルスに対する抗ウイルス剤として、日本ではシンメトレル(アマンタジンamantadine:ノバルティス)が販売されています。これはM2チャンネルの働きを阻害することによりウイルスの増殖を押さえますので、M2蛋白を持つA型に対してのみ有効です。B型は、NB蛋白というイオンチャンネルを持っていますが、アミノ酸組成がM2蛋白とは異なり、アマンタジンは、この働きを阻害することができません。A型インフルエンザに対して発病48時間以内に服用すると、インフルエンザの症状を軽減させることができます。発病後だけでなく、アレルギー等でワクチン接種のできない人やワクチンの抗体ができるまでのつなぎとして一時的に予防投与することもあります。ただし、耐性化が起こりやすく、3日間投与すると、30%に耐性ができるという報告もあります。しかしながら、この耐性ウイルスは、流行することはなく、徐々に減って野生株に戻ってしまうと言われています。おそらく、野生株の方が、増殖力が強いのでしょう。副作用として、幻覚等の精神神経症状が出ることがあると言われているますが、過剰に投与しなければそれほど心配はありません。インフルエンザウイルスが細胞から遊離することを押さえるノイラミニダーゼ阻害剤として、経気道投与のリレンザ(ザナミビルzanamivir:グラクソ・スミスクライン)と経口投与のタミフル(オセルタミビルoseltamivir:中外製薬)があります。これらの薬剤は、ノイラミニダーゼの活性部位にはまりこみ、シアル酸とノイラミニダーゼが結合するのを阻害します。シアル酸は、その中にあるカルボキシル基とグリセロールによって活性部位に結合します。ザナミビルは、シアル酸と同様にカルボキシル基とグリセロールを持つだけでなく、グアニジンも持つため、より電気的に活性部位に結合しやすくなります。オセルタミビルは、グアニジンは持ちませんが、疎水基を持つことにより、強く活性部位と結合します。オセルタミビルのカルボキシル基には、覆いがつけられ、これにより分解されることなく腸管より血中に移行します。この覆いは、血液中と肝臓にてはずされ、オセルタミビルは、薬剤活性を持つことになります。ザナミビルもオセルタミビルも2001年のシーズンより保険適応になりました。この薬剤は、A型、B型のインフルエンザに有効ですが、C型インフルエンザはノイラミニダーゼを持たないため無効です。耐性化は、HAとNAの変異によりおこります。NAの変異により、薬剤の結合から逃れる機序と、HAの変異により、HAとシアル酸との結合力が低下し、ウイルス遊離時のNA依存度が減少することによる耐性化機序です。後者では病原性そのものが低下すると予想されますので、あまり心配はなさそうです。現時点では、耐性化が臨床上は問題となったことはありません。副作用はほとんどありません。2002年から2003年にかけての大流行時には、オセルタミビルが大量に処方され、日本は世界の約50%を消費しました。(世界の人口の数%しか占めない一つの国家が、このように大量の薬剤を消費して良いのかという疑問は残ります。)早期に使用すると、翌日には解熱し、非常に有効性が高い薬剤です。しかしながら、過信は禁物です。新型インフルエンザが出現した場合、有効である保証はありません。たとえ、ノイラミニダーゼ有効に作用したとしても、体内の抗体の後押しのない状態で、同様の効果が発揮されるかどうかはわかりません。新型ウイルスは高率にウイルス性肺炎を起こすことが予測され、上気道が主たる感染部位の通常のインフルエンザと同様の薬剤効果が発揮されると考えるのは、楽観的すぎるでしょう。
 2004年〜2005年のシーズンは、B型が流行した特殊なシーズンでしたが、この時のB型インフルエンザに対するオセルタミビルの効果は十分なものでありませんでした。
 2005年末に、オセルタミビル服用者に、精神神経的異常が見られ、それが原因となる事故死が幾例か報告されました。もともと、インフルンザそのものが、精神神経的異常をおこす疾患ですので、薬剤がどの程度関与しているのか判断が難しいところです。今後の研究の結果が待たれます。

新しい抗インフルエンザ薬:2010年より、塩野義製薬より新しい抗インフルエンザ薬である、ベラミビル(商品名:ラビアクタ)が使用可能となりました。タミフルやリレンザ同様、ノイラミニダーゼ阻害剤という種類の薬剤ですが、注射薬という点が異なります。抗ウイルス作用は、経口剤より優れているようです。


◎抗インフルエンザ薬についてまとめると以下のようになります。
 従来からの抗インフルエンザ薬に加え、新しい薬剤も使用可能となり、治療の選択肢が増えました。
★アマンタジン〔商品名:シンメトレル(ノバルティス)〕経口剤
 インフルエンザウイルスのM2チャンネルというイオンチャンネルを阻害することにより、感染を防ぎます。もともと、パーキンソン病の薬です。安価であることが利点ですが、耐性化が起こりやすく、現在は主流となる薬品ではありません。
★ザナミビル〔商品名:リレンザ(グラクソスミスクライン)〕吸入薬
 インフルエンザウイルスは呼吸器の上皮細胞に進入、細胞内での増殖、細胞表面での発芽と分離という手順を繰り返し増殖していきます。細胞内で増殖したインフルエンザウイルスが細胞表面に出た後、新たな細胞に移っていくためには、ノイラミニダーゼという酵素の働きによって細胞から離れることが必要です。本剤は、ノイラミニダーゼの働きを阻害することにより、インフルエンザウイルスが次々に呼吸器細胞に感染していくことを防ぎます。通常一日2回5日間吸入治療を行います。
★オセルタミビル〔商品名:タミフル(中外製薬)〕経口薬
 作用機序はザナミビルと同様ですが、経口剤として使用できるよう、改良したものです。H1N1ウイルスの中には本薬剤に耐性のものもあります。小児の異常行動との関連が疑われ、十代の患者には慎重投与となっています。(異常行動は、薬剤を服用しない小児にも見られることがあり、薬剤の副作用ではなく、インフルエンザウイルスそのものが原因とする意見が多く存在します。現時点では、異常行動と薬剤の服用との関連の有無についての結論は出ていません。)通常、1日2回5日間服用します。
★ベラミビル〔商品名:ラビアクタ(塩野義製薬)〕注射薬
 作用機序は、ザナミビルと同様です。経静脈投与を可能とした薬剤です。一回の点滴投与で、十分な効果があり、重症の患者や、定期的な服用ができない患者には有用です。
★ラニナミビル〔商品名:イナビル(第一三共)〕吸入薬
 作用機序は、ザナミビルと同様です。投与経路も同様に吸入ですが、一機会の吸入で治療が完了するという点が、大変有用なところです。
★ファビピラビル〔開発中(富山化学工業)〕経口薬
 インフルエンザウイルスの遺伝子を複製するRNAポリメラーゼの働きを阻害する薬剤です。全く新しい作用機序の薬剤ですので、上記の薬剤に耐性のウイルスが出現しても効果が期待できますので、早期の承認が望まれます。


京都市中京区 内科皮膚科 西村医院
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