◎インフルエンザウイルスの構造と感染機序

インフルエンザウイルスは、オルソミクソウイルス科に属する、マイナス鎖のRNAウイルスです。自然界では、糸状の長いウイルスとして存在しますが、実験室で継代してゆくと球状のウイルスとなります。A型とB型は、8本のRNA分節を持ち、C型は、7本のRNA分節を持ちます。A型ウイルスは、人以外にも様々な動物に感染しますが、B型ウイルスは、人にしか感染しません。(アザラシから分離されたという報告もあります。)C型ウイルスは以前には人のみに感染すると考えられていましたが、最近ブタにも感染することがわかりました。インフルエンザウイルスは、他のRNAウイルス同様、遺伝子複製ミスに対して修復機構を持たないため、変異の多いウイルスです。(antigenic drift) また、A型インフルエンザウイルスは、他の動物のインフルエンザウイルスと遺伝子交換することがあり、大きな変異株を生むことが時々起こり、大流行につながります。(antigenic shift) インフルエンザウイルスは、気道上皮より感染します。インフルエンザは膜蛋白質のhemagglutinin(HA)を介して気道上皮のシアル酸に接着します。ヒトのインフルエンザウイルスは、シアル酸がガラクトースにα2-6結合したものを、トリのインフルエンザウイルスは、α2-3結合したのもに優先的に結合します。この特異性の違いは、H3ウイルスの場合、ヒト型はHAの226番目のアミノ酸がロイシンであり、トリ型ではグルタミンであることと関連しています。ヒトの気道上皮は、シアル酸がガラクトースにα2-6結合したものが、トリの腸管ではα2-3結合したものが主として存在します。ブタの気道上皮には、両者が存在します。このことが、種により感染ウイルスが異なる理由であり、ブタがヒトとトリの両ウイルスに感染する理由です。HAには糖鎖が1〜6本ついており、HA抗原をおおうことにより、生体の免疫システムからウイルスを守っているのではないかと考えられています。しかしながら、この糖鎖は上皮細胞レセプターへの接着と言う意味では、マイナスに働くようです。これまで流行した、H1N1、H2N2、H3N2の中で、H2N2のみが流行期間が短く消えてしまったのは、糖鎖が付加されると、レセプター結合能と膜融合能が著しく低下するためと言われています。気道上皮細胞に接着したウイルスは、エンドサイトーシスによって細胞質内に取り込まれ、リソソームと融合します。ウイルスの遺伝子が細胞質の中に入るには、ウイルスのエンベロープとエンドソーム膜との融合が必要ですが、これには、HAが、HA1とHA2のサブユニット構造になっていなければなりません。この解裂化をおこすプロテアーゼとして、気道上皮より分泌されるトリプターゼ・クララ、黄色ブドウ球菌の産生するプロテアーゼが考えられています。ストレプトキナーゼを産生する連鎖球菌もプラスミンを介して、HAの開裂をおこすと言われています。さらに、細菌感染に対する生体防御のために集まってきた好中球のエラスターゼもHAの開裂を起こすと言われています。逆に、プロテアーゼの活性は、肺サーファクタントやムチン・トリプターゼ・インヒビター(MPI)によって抑制されます。ウイルスのHAが開裂しやすいか、しにくいかということはウイルスの病原性と関連があり、1997年に話題になった、香港での鳥型ウイルスH5N1の病原性の強さは、開裂のしやすさにも関連していると言われています。強毒株のHA開裂部位には連続する塩基性アミノ酸配列が存在し、多くの臓器に存在するフリンやPC6等のプロテアーゼによって開裂されるため、ウイルスは全身で増殖することができ、重症化したり、合併症をおこしたりします。それに対し、弱毒株では連続する塩基性アミノ酸配列を持たないので、呼吸器や腸管のプロテアーゼのみが開裂可能となり、感染部位は限られます。エンドサイトーシスがおこるもう一つの条件として、ウイルス粒子内が酸性になる必要があります。ウイルスの表面には、膜を一度だけ貫通する4量体のM2蛋白というイオンチャンネルがあり、酸性のエンドソーム内で活性化されると、プロトンをウイルス内に入れ、中を酸性にします。B型ではNB蛋白が、イオンチャンネルの役割を果たし、C型ではCM2という蛋白がイオンチャンネルではないかと考えられています。プロトンがイオンチャンネルを通してウイルス内に入ってくると、ウイルス構造を支えるM1蛋白の殻が崩壊し、インフルエンザウイルス遺伝子は、ウイルスの外に出ることができ、さらに先に述べたエンベロープとエンドソームの融合により細胞質内に入ることができます。その後、ウイルスは複製のため、RNAと核蛋白(NP)は、核の中に入って行きます。核の中で、ウイルスのRNAはウイルス自身のRNAポリメラーゼによって複製され、細胞質に出てゆきますが、この時に働くのが、M1というウイルス蛋白です。M1蛋白は、インフルエンザウイルスの中で最も粒子数の多い蛋白です。この蛋白は、先述のごとくエンベロープを内から支え、ウイルスの構造を保つ重要な働きもしています。この蛋白が、細胞の中に入ってからもう一働きします。M1蛋白は、RNAの合成をストップさせると同時に、RNPに結合して、核から細胞質への移行を助けます。細胞内で、すべての遺伝子が合成されたあと、ウイルスが細胞質で組み立てられ、出芽となります。さて、8分節あるRNAですが、うまい具合に1個づつそろうものなのでしょうか。これに関しては、「ランダムパッケージング説」と「選択的パッケージング説」があります。前者は、たまたま8種類のRNA分節がそろったもののみが増殖するという考えであり、後者はRNA分節には固有の目印があり、それをもとに8分節が粒子中にワンセット取り込まれるという説です。真実はまだわかりませんが、1個の細胞に多数のインフルエンザウイルスが感染すれば、一つ一つのウイルス遺伝子が完全な組み合わせでなくてもよいのかもしれません。しかし、リバースジェネディクス法や電顕を用いた実験より、後者を支持する結果が出ています。特に,2006年に、Natureにに掲載されたNodaの論文では、電子顕微鏡により、8つの分節が規則正しく配列されていることが確認されています。出芽に際して、HAとシアル酸の結合を切るのが、ノイラミニダーゼです。こうして、ウイルスは増殖を終え、次の細胞に向かいます。尚、ノイラミニダーゼは、ウイルスが感染する際にも、必要であることがわかっており、可溶性のシアル酸の切断分離、増殖に不適な細胞からの遊離にも重要な役割を演じています。また、NAのC末端がリシンのウイルスは血液中のプラスミノーゲンをプラスミンに活性化することができ、プラスミンによるHAの開裂を介した、ウイルス強毒化をもたらすと言われています。
 1997年に、鳥型インフルエンザの感染ということで話題になった、致死率の極めて高いH5N1ウイルスですが、ニワトリでは、viremiaがおこり、全身の血管内皮細胞内で増殖し、内皮細胞にダメージを与え、全身組織のバリアが破壊されます。脳血液関門も、破壊されます。人間の感染症で言えば、エボラ出血熱に近い状態です。ところが、マウスでは肺で増えた後、神経行性に中枢に達し、死に至らしめます。人間の場合、どの様な病原性を発揮して、致死的な状態になるのかは、解明されていません。このH5N1は幸い感染力が強くなかったため、流行しませんでしたが、後の研究により、HAレセプター結合部位の2つのアミノ酸が変異しておれば、ヒトへの伝染能力を獲得したことが判明し、鳥型ウイルスも、いつヒトに大流行をおこすかわからない状況です。2003年2月にも中国で4人がH5N1に感染し、2人が死亡しています。2003年4月にはオランダで82人のH7N7の感染が確認され、WHOより厳重警戒の警告が発せられましたが、ちょうど世界中がSARSに関心が集中していた時期であり、一般の住民の話題にはなりませんでした。また、2003年11月には、香港で5歳の男児よりH9N2が分離されましたが、回復しました。
 インフルエンザの流行はこれまで、冬と決まっていましたが、2005年の夏に沖縄で小流行がありました。東南アジアではもともと6〜8月の雨期に流行しますので、地球温暖化の影響で、熱帯の流行パターンになったのかも知れません。