新型インフルエンザH1N1について

インフルエンザウイルスとは
 インフルエンザウイルスは、RNAという遺伝子を8個持ったウイルスです。インフルンザウイルスには、A型、B型、C型の3種類が存在し、そのうちA型とB型がしばしば間に病気をもたらします。特にA型は、過去の歴史において、人類に大きな災いを残しました。A型インフルエンザウイルスは、様々な動物に感染することが知られており、それぞれの動物に対応して様々な種類のインフルエンザウイルスが存在します。インフルエンザの表面には、細胞にくっつくための突起のHAと細胞から離れるための装置のNAがくっついています。HAは15種類、NAは9種類知られており、その組み合わせにより種々のインフルエンザウイルスが存在することになります。人間に感染するウイルスとして、H1N1、H2N2、H3N2が知られており、それぞれスペイン風邪、アジア風邪、香港風邪として、ずれも過去100年の間に世界的大流行であるパンデミックを引き起こしました。H1N1は現在はソ連型として存在しています。最もインフルエンザウイルスに感染しやすい動物はトリであり、ほとんどすべての型のウイルスに感染します。人間とトリではレセプタの構造異なるため、トリ型のウイルスは通常ヒトには感染しません。豚も感染しやすい動物であり、ブタ型のみでなく、トリ型のウイルスにもヒト型のウイルスにも感染するという特徴をもっています。

インフルエンザウイルスの変異とは
 インフルエンザウイルスは、複製を作って増殖していく際、しばしば複製の間違いをおこします。多くは、もとのウイルスより粗悪なものになりますが、たまに以前よりすぐれた遺伝子ができることがあり、新しいウイルスとして増殖してゆきます。このような変異の仕様を、ドリフトと言います。毎年のインフルエンザウイルスが同じ型であっても多少異なりワクチンの効きも異なるのは、このドリフトによります。
 前項で述べたように、豚はトリ型にもヒト型にも感染することができるため、同時にトリ型とヒト型のウイルスに感染すると、遺伝子が混ざり合って全く新しいインフルエンザウルスができることがあります。この変異のことをシフトと言います。シフトによって新しできたウイルスは、以前のウイルスと大きく異なるため、人体がこれまでに得た免疫機構が十分に働かず、重篤な病気を引き起こします。病原性の強いウイルスが、強い感染力を持つと、世界的大流行であるパンデミックとなります。スペイン風邪、アジア風邪、香港風邪ウイルスもこのようにしてできたと考えられています。

今回の新型インフルエンザウイルスの特徴は
 今回の新型ウイルスは、豚の体内でできたと考えられています。型はH1N1と、これまでソ連型と言われていたものと同じですが、抗原性は異なり別物です。研究によると、ブタ、トリ、ヒトのA香港型及びスペイン風邪の4種類のウイルスの遺伝子が混在しているとことであり、どのような機序で発生したものか不明です。メキシコで多くの患者が発生していることから、メキシコが起源である可能性が有力です。発生当初メキシコで多くの死者が報告されたことから、致死率が高いウイルスなのではと心配されましたが、その後の情報から、報告された死者の数は、必ずしもインフルエンザが原因ではないものを含むこと、メキシコでの感染者には軽症者がカウントされておらず、実際の感染者数は当初報告されたりかなり多いと考えられることから、致死率は高くないと判断されています。高齢者に重症の人がいないことも特徴です。過去に類似のウイルスが流行したので、高齢者が免疫を持っているのではないかという可能性が指摘されています。ただし、年齢に関わりなく透析患者さんや糖尿病を持っている患者さんは、重症化しやすいようです。
 なお、今回の新型ウイルスは、これまで存在していたH1N1と型が同じですので、厳密には「新型」とは呼べないという考えもありますが、日本では「新型インフルエンザ」と呼ばれています。

新型インフルエンザの症状は
 発熱(94%)、咳(92%)、咽頭痛(66%)、下痢(25%)、嘔吐(25%)となっています。胃腸炎と思ったら、新型インフルエンザだったということもあり得ますので、下痢と嘔吐は要注意です。また、季節性のインフルエンザは、高熱から始まることが多いですが、新型インフルエンザは、発熱に先立って、咳や咽頭痛が起こることが多いようです。

新型インフルエンザに対する予防法は
 ウイルスを吸入しないことが、もっとも有効な方法ですから、濃厚感染地域に行かない、人混みを避けるといったことが基本となります。インフルエンザウイルスの感染は主に咳やくしゃみをしたときの飛沫を吸入することによりおこりますので、一般のマスクはある程度役立ちます。しかし、水滴をはなれて浮遊しているウイルスまで遮断してくれるかどうかは疑問です。(もともと、マスクは自分を守るためのものではなく、風邪の人が他人にうつさないめの、エチケットとしてするものです。)医療用のN95マスクは、効果は期待できますが吸気時の抵抗が大きいため15分間程度の着用しかできず、一般の人の感染予防には適しません。インフルエンザウイルスは、粘膜に吸着後、10分あまりで細胞内に侵入すると言れていますので、うがいの効果は限定的です。ウイルスは、目、鼻、下咽頭からも侵入しますが、うがいで洗浄できる範囲は口腔と咽頭の一部であることも、効果を限定的にしています。ただし、手洗いは、手から口、目といったウイルスの移動を遮断できますので有効です。手洗いをする際は、洗い残しのないよう十分に洗いましょう。爪の間、指の間、親指、手首が洗い忘れをしやすい部分です。石けんやアルコールはインフルエンザウイルスを破壊する力があり、有効です。
 毎年、接種しているワクチンの中にはH1N1に対する成分を含んでいます。しかし、同じH1N1ですが抗原性が異なるため、効果は期待できません。また、インフルエンザワクチンの効果が期待できるのは接種後5ヵ月間程度ですから、昨年末に接種したワクチンは、その意味でも予防効果は期待できません。本年度のワクチン製造に関しては流動的ですが、通常の季節性のインフルエンザワクチンと新型インフルエンザワクチンの両者を製造しています。ワクチン産生に必要な有精卵を急に増やすことはできないので、ワクチンの総生産量はかぎられており、季節性のインフルエンザワクチン生産量は例年より減少します。

新型インフルエンザの治療法は
 今回の新型インフルエンザウイルスには、代表的な抗ウイルス薬である、タミフルが有効です。ただし、発症してから48時間以内に服用することが必要です。タミフルは、流通分、政府備蓄分、都道府県備蓄分をあわせて、2800万人分あります。今後、倍増する計画があるようです。タミフルは、10代の患者には、異常行動との因果関係が不明のため、原則して投与は禁止されていますが、今回の新型に対しては解除されるかもしれません。
A型インフルエンザに一般に有効と言われているアマンタジンは、無効です。

今回のインフルエンザ対策の問題点
 今回の新型インフルエンザ出現以前より、国や地方自治体で様々な検討がなされ、実際新型インフルエンザが発生したときの対策が練られてきました。今回、対応に戸惑っている原因の一つとして、病原性の低い新型インフルエンザであったということがあります。強毒型の鳥インフルエンザが新型ウイルスに変異して大きな被害を与える場合を想定していたため、病原性の高くないウイルスに対してどこまで強く対応してよいのかということが、準備不足でわからなかったということです。検疫活動の有効性、生活制限は意味があるかなど、意見が分かれるところです。ウイルスの流行状況を示す指標として、フェーズという分類をしますが、これは病原性の強さの要素を含みません。実際に社会としてどの様に対応していくかは、フェーズに加え病原性の強さが重要な要素となります。フェーズによる分類のみでは、対応を決められないということを今回の事件は示しています。
 今回の対応は、最善とは言えない部分は多々ありましたが、貴重な経験となり、今後のインフルエンザ対策に役立つものと思われます。

新型インフルエンザを疑ったときは
 発熱、咳、咽頭痛等の感冒様症状が出現し、新型インフルエンザの可能性が否定できない場合、新型インフルエンザ国内発生初期には、まず保健所等にある発熱センターに電話し、その指示に従って専門の医療機関を受診することが必要でした。しかし、現在は、新型インフルエンザの病原性が強くないこと、発生患者数が増えたことなどの理由から、まずかかりつけの医師に相談して指示を仰ぐというように変更されました。(かかりつけ医がない場合は、これまで通り発熱センターに電話して指示を受けます。)かかりつけ医が、インフルエンザ患者の診療を受け入れる施設の場合は、指示に従って同院を受診します。インフルエンザ患者の診療を受け入れることができない施設の場合は、医療機関の紹介を受けます。

新型インフルエンザ診療を行える医療機関
 新型インフルエンザの可能性がある患者さんの診療を行う医療機関は、他の患者さんにインフルエンザをうつさないような工夫が必要です。そのためには、待合室を一般患者さん用と感冒様症状を持った患者さん用とを別々に用意しなければなりません。それができない場合、診療時間を分けることが必要です。これらのことが、可能な医療機関で診療を行うことになります。

西村医院での新型インフルエンザ患者の診療
 西村医院では、感冒様症状のある患者さんや新型インフルエンザの可能性がある患者さんが来院した場合、マスクを付けていただき、専用の待合室にて診察を待っていただきます。季候のよい時期は、待合室は屋外に設定させていただきました。屋外に設定したのは、感冒様患者さんの間での感染を防ぐには最も効率的だからです。(同じ感冒様症状の患者さんであっても、一人が新型インフルエンザで、もう一人が普通の感冒の場合、前者の病気が後者にうつらないようにすることが大切です。)しかし、真夏や真冬、蚊の発生時期などは、屋内の待合室にてお待ちいただきます。診察も、一般患者とは別の診察室にて行います。インフルエンザの可能性があると判断し、かつ検出可能な時間帯と判断したときは、インフルエンザ診断キットにて、診断します。これは、鼻腔の奥の粘膜にくっついているインフルエンザウイルスを検出する検査です。発症してから12〜48時間の間であれば80〜85%ぐらいの感度で検出できます。
 一般の患者さんは、新型インフルエンザの可能性のある患者さんとは、異なる待合室で待ち、異なる診察室で診察を受けますので、お互いが接近することはありません。感冒様患者さんが、十分な診療を受けられるだけでなく、一般の患者さんも感染を心配することなく安心して受診できます。診察時間中の診療であれば、感冒様症状の患者さんも予約や問い合わせなしに受診可能です。


京都市中京区 内科皮膚科 西村医院