新型インフルエンザH1N1に対するワクチン

 新型インフルエンザワクチン:H1N1という型のブタ由来のインフルエンザが今春より、世界的に流行し、急遽これに対するワクチンが作られました。新型のウイルスですので、2回の接種を必要と考えられ、ワクチンの輸入を含めた準備を行ってきました。しかし、国内外での治験にて1回接種でも十分な抗体価が得られる結果が出され、さらに、10月30日にはWHOより10歳以上は1回の接種で十分という発表がなされたことなどもあり、1回接種でも十分という流れになりました。11月11日に、厚生労働省により、妊婦、基礎疾患のあるもの、高齢者も含め成人は1回接種が決定されました。13歳未満の小児と免疫力が著しく低下している人のみ2回接種となります。
 国産ワクチンの製造法は、これまでの季節性のインフルエンザウイルスに対するワクチンと同じです。国産ワクチンは皮下注射ですが、輸入ワクチンは筋肉注射です。国産のワクチンは2700万人分を生産し、更に、英国グラクソスミスクライン社より3700万人分、スイスのノバルティス社より1250万人分購入する契約を行いました。(いずれも、2回接種の計算人数です。)しかし、接種回数が小学生以下や一部の免疫力の極めて低下した方を除いて1回接種となったこと、すでに新型インフルエンザに罹患した方は接種の必要がないこと、接種資格者の中にも接種を辞退する方が少なからずいることより、国産ワクチンですら余剰が生じ、輸入ワクチンの摂取を希望するものは、事実上皆無となりました。現在は、海外の製造メーカーと解約交渉を行っているようです。
 接種料金は3600円ですが、同一医療機関で2回目を接種する場合は、2回目は2550円となります。高齢者に対する補助はありませんが、低所得者には補助があります。




新型インフルエンザH5N1に対するワクチン

トリ型のH5N1インフルエンザウイルスは、20世紀末より、東南アジアを中心に世界の様々な場所で発生し、強毒性のインフルエンザウイルスも多いことから、ヒト型に変わって、人間の間で流行することが恐れられています。

新型インフルエンザワクチンには、次の2種類があります。
◎パンデミックワクチン
◎プレパンデミックワクチン

 パンデミックワクチンは、実際にパンデミックが起こった際に、そのウイルスを使って作ったワクチンです。流行しているウイルスそのものに対するワクチンですので、効果は期待できますが、すぐに製品ができるわけではなく、供給できる量も多くは期待できません。
 それに対し、プレパンデミックワクチンは、新型インフルエンザの候補である、現在流行している鳥インフルエンザウイルスを使って作るワクチンです。
 あらかじめ作っておくので、パンデミックに対し早く対抗することができますが、実際に流行しているウイルスとは異なりますので、どれだけ効果があるかは、わかりません。
 これまで生産された新型インフルエンザ対策ワクチンは、H5N1をもとにしたワクチンです。流行している鳥インフルエンザ自体が、変異していきますので、ベトナム株、インドネシア株という名前で呼ばれているウイルスを対象とした複数のワクチンが存在します。実際に接種する場合、どれがよいのかはわかりません。人類は、H5ウイルスに対する免疫をもっていませんので、1回の接種では十分な抗体価を得るのは難しく、2回の接種を必要とします。ただ、1回の接種でも、後日パンデミックワクチンを打った際にはブースター効果による抗体の上昇が期待されますので、1回の接種に意味がないわけではありません。(プライム効果と言います。)
 通常のインフルエンザワクチンは、HAのみを抗原としたワクチンです。(成分ワクチンやスプリットワクチンと呼ばれます。)しかし、これまでの世界での多くの試みでは、スプリットワクチンは抗体価があがらず、ことごとく失敗しています。そこで、日本では、全粒子ワクチンを採用し、さらに免疫原性を高めるために、アジュバンドとしてアルミゲルを加えています。

 さて、インフルエンザワクチンを作るのは、どの程度時間がかかるのでしょう。
現在、日本のインフルエンザワクチンは、発育鶏卵を使って作られます。
雛がかえり、卵を生めるようになるまでには、180日かかります。ワクチンの鶏卵への接種・培養・精製に一週間、ウイルスの不活化に1ヵ月かかります。その後、品質管理試験に1ヵ月かかります。
プレパンデミックワクチンを作る場合、通常のワクチンを作る鶏の鶏舎を利用するのがコストを削減できるので、合理的です。上記のように、雛から鶏になって卵を産むまで180日かかりますが、すぐに鶏を処分すれば、残りの180日ほどの期間を利用してプレパンデミックワクチンを作ることが可能です。ただし、通常量のワクチンに相当するウイルス量しか得ることはできません。プレパンデミックワクチンは、原液の状態で保存します。接種が決まった際、原液を、小分けして製品化します。通常は、このあと国家検定を受けるために、原液から製品作製まで約一ヵ月かかりますが、プレパンデミックワクチンやパンデミックワクチンは、製品の作製期間を最小限にするため、国家検定は省略することになりました。
 現在は、上記のごとく発育鶏卵を使ってワクチンを作製しています。しかし、通常のワクチンやプレパンデミックワクチンを発育鶏卵に接種する直前であれば、直ちに計画を変更してパンデミックワクチンの作製にかかれますが、パンデミックのタイミングがわるいと半年も雛が鶏になるのを待たなければいけません。また、この方法ですとパンデミックワクチンを作る際には、リバースジェネティクス法で、弱毒化しなければなりません。わずかな時間ではありますが、惜しい時間です。このことから、組織培養法を使ったワクチンの開発が進められています。ただ、この方法ですと、パンデミックのウイルスを直接使ってワクチンを作るので、製造工程をBSL3に対応させる必要があります。(発育鶏卵を使った方法であれば、BSL2の施設で十分です。)培養細胞として、Vero細胞等が試みられています。
 プレパンデミックワクチンをいつ接種するかは、重要な問題であり、慎重な姿勢が臨まれます。1976年に米国で、豚インフルエンザが流行した際、新型インフルエンザとなってパンデミックになることを予想し、米国で全国民に対し、豚インフルエンザワクチンをの接種を始めました。しかし、500人ものギランバレー症候群を発生させただけで、4000万人接種した時点で中止となりました。もちろん、この間に発生したギランバレー症候群がすべて、同ワクチンが原因とは断定できませんが、現在までの研究では、同症候群の発生確率を1.4〜1.7倍程度増加させたのではないかと考えられています。
 日本では、プレパンデミックワクチンを医療関係者を中心に接種する事になりました。
ヒトからヒトへの感染が確認されるフェーズ4でのプレワクチン接種が世界的な傾向ですが、日本では、ヒトからヒトへの感染が基本的に無いフェーズ3の時点で行うことになります。2008年は、医療関係者を中心に6400人に接種し、その有効性と安全性を見た上で、2009年より1万人にプレパンデミックワクチンを接種する予定です。プレパンデミックワクチンをフェーズ3で接種するのは、新型インフルエンザになる最有力候補である、H5に対する免疫をある程度作るという意味合いです。アルミニウムアジュバント入りのワクチンは、実際に流行したウイルスの抗原型が多少違っていても効果を発揮すると言われていますので、実際に新型インフルエンザが出現した際、パンデミックワクチンに対するプライム効果も期待しています。フェーズ3の段階でプレパンデミックワクチンを接種するにはもう一つの理由があります。それは、ワクチンを保存できる期間が3年間しかないということと関連します。3年経つと捨ててしまうのはあまりにもったいないので、打ってしまおうという考えによります。廃品利用や治験といったイメージ的によくない部分もありますが、毎年1000万人分プレパンデミックワクチンを作り、保存期限の切れる3年後に1000万人ずつプライミングしてゆけば、大変効率的に新型インフルエンザに対する免疫をつけることができます。
 プレパンデミックワクチンを現在のフェーズ3の時点で接種する事には、専門家の間にも異論があります。1970年代の米国での失敗例を考えると、流行するかしないかわからない状況で副作用のあるかもしれないワクチンを打つのはいかがなものかという慎重論です。日本のワクチンは欧米のワクチンに比し、抗体価の上昇が悪いと言うことは指摘されており、アジュバンドを含めた改良にまず当たるべしという考えもあるようです。いずれの方法が正しいかは、現時点では判断しかねますが、様々な意見を持った専門家が議論を尽くし、最善の方法を選ぶことを期待いたします。


鳥に対するインフルエンザワクチンについて
 トリ用ワクチンの使用の是非に関しては、統一した見解はありません。トリワクチンは、トリの臨床症状を抑えることはできますが、ウイルスの排出を完全に阻止することはできません。このため、海外において使用した際に、トリの感染症状を隠してしまい、結果として大流行を招いてしまったことがあります。また、一部のワクチンは粗悪なため、生きたウイルスを含んでしまい、もともと感染のない地域に新たな感染を引き起こすという最悪の結果を招く場合もあります。もちろん、ウイルスの排出量を減らすことにより伝染力を弱めることも期待できるため、使いようによっては、役に立つこともあるかもしれません。



京都市中京区 内科皮膚科 西村医院