インフルエンザワクチンの有効性に関するエビデンス

★現行のワクチン:現在使用されているのは、不活化ワクチンであり、IgG抗体を作る力しかありません。感染を防ぐためには、IgA抗体が必要と考えられており、その意味では不十分です。しかしながら、ワクチンにより作られた、IgG抗体が、わずかながら気道に分泌され、感染の防御に役立っているようです。「インフルエンザはウイルス血症を起こさないので、IgG抗体を作っても無駄。」といわれたことがあります。ウイルス血症の存在は重症例を除いては、たしかに証明されていませんが、疫学的な検討から、インフルエンザの重症化を防ぐことはたしかなようです。

現在までのワクチンの有効性を示す報告には以下のようなものがあります。(神谷齊氏の総説を参考にさせていただきました。)

Nichol K L, et al: The effectiveness of vaccination against influenza in healthy, working adults. N Engl J Med 333(14) 889-893, 1995 Oct 5.
米国ミネソタで1994年秋18-64歳の健康な成人849人を選び、ワクチン接種群とプラセボ接種群とで、比較。
上気道感染(105対140episode/100subjects p<0.001)
休職日数(70対122日/100subjects p=0.001)
病院病院通院日数(31対55訪問/100subjects p=0.004)
節約経費46.85ドル
健康成人に対するワクチン接種は、健康対策上及び経済的に有用と結論。

Ahmed A E, et al: Reduction in mortality associated with influenza vacctine during 1989-90 epidemic. Lancet 346(8975):591-595 1995 Sep 2.
England 36地区保健所管内において1989年11月4日〜1990年2月23日な間にインフルエンザにより死亡した16歳以上315例の患者群と777例の対照群を解析。対照群とは、年齢、性別、居住地をマッチさせたインフルエンザ流行後1年の他疾患による死亡者。
インフルエンザワクチンは、死亡率を41%低下させたと、結論。
(初回接種のみでは9%2回目以降では75%の減少率と差があり、2回目以降の追加接種は、効果ありとしている。)

Govaert T M, et al: The efficacy of influenza vaccination in elderly individuals. A randomized double-blind placebo-controlled trial. JAMA 272(21): 1661-1665, 1994 Dec 7.
オランダで、ハイリスクではない高齢者1800人について、ワクチン接種群とプラセボ接種群を比較。
血清診断によるワクチン接種群とプラセボ接種群との比較は、
罹患率(4%対9%)、臨床症状出現率(2%対3%)いずれも有意差あり。

Sugaya N, et al: Efficacy of inactivated vaccin in preventing antigenivally drifted influenza type A and well-matched type B. JAMA 272(14):1122-1126, 1994 Oct 12.
1992-1993年の日本の都市部の小児喘息病院の137例の中等から重症の喘息患者が対象。そのうち、85名がワクチン接種し、52名が未接種であった。
A型インフルエンザに対しては、抗原変異が大きかったにもかかわらず、防御効果は、67.5%(p<0.01)
B型インフルエンザみ対しては、抗原的にほぼ同一であったにもかかわらず、防御効果は43.7%(p=0.01)であり、7歳未満小児に対する防御効果は、乏しかった。
A型H3N2に対しては、抗原変異にもかかわらず効果があるが、B型に対しては、効果不十分という結論。

Govaert Th M E, et al: Immune response to influenza vaccination of elderly people, A randomized double-blind placebo-controlled trial. Vactine 12: 1185-1189, 1994.
抗体獲得能について、オランダで、60歳以上、1383例を対象として、1991-1992年の流行期に、ランダム抽出二重盲検プラセボ対照試験を実施。A型2種、B型2種を含むワクチンあるいはプラセボ接種3週間後に採血。
ワクチン接種者の43-68%で防御抗体を獲得していた。(種により幅がある)
心疾患、肺疾患、糖尿病等の合併症がある人でも抗体獲得は良好。
インフルエンザ罹患の頻度を減少させるかどうかは、検討していない。

神谷齊他: 高齢者のインフルエンザワクチンに対する効果に関する研究 厚生省厚生科学研究報告
新潟県、名古屋市、大阪府、福岡県、三重県の老人福祉施設・病院に入所もしくは入院している65歳以上の高齢者の中から、調査に協力を申し出ていただいた方。1998年度は、2140が対象となり、うちワクチン接種群1123名、非接種群1017名
38度以上の発熱              相対危険 0.62
39度以上の発熱             相対危険 0.45
インフルエンザを契機とした死亡   相対危険 0.18 (82%の有効率)
抗体価も接種群で、上昇が得られた。

以上が、インフルエンザワクチンの有効性についての主な検討です。

Thomas A. Reichert Ph.D., Norio Sugaya, M,D, et al: The Japanese experience with vaccinating schoolchildren against influenza. N Engl J Med 344(12) 889-896, 2001 Mar 22
 2001年3月22日、ワクチン有効性についての日米共同研究の結果が発表されました。国立感染症研究所、日本鋼管病院小児科の菅谷憲夫氏らの発表で、1949年から1998年までのインフルエンザおよび肺炎による死亡についての統計をみたものです。1962年までは、日本は米国の3倍以上の死亡率がありましたが、学童の集団ワクチン接種が行われた1962年から1994年までは米国以下の死亡率となりました。ところが、集団接種を中止後は、死亡率が再上昇したというものです。このことより、学童のワクチン集団接種は、社会全体のインフルエンザ関連の死亡を年間.3.7万人から4.9万人も減少させたと結論しています。(流行が縮小するという意味でしょう。)ワクチンが個人の発症や重症化を防ぐというだけでなく、社会全体のインフルエンザ関連の死亡を減らすということは、以前より言われていましたが、このようなはっきりした形で証明できたのは、初めてかもしれません。ワクチンの有効性を示す、貴重な資料となりそうです。

 インフルエンザワクチンが、インフルエンザの予防に有効であることは、世界ではコンセンサスを得ており、日本の専門家も、間違いはないという認識を持っています。インフルエンザワクチンの有効性に否定的なデータとして、1980年代半ばに出された、前橋市医師会の報告があります。しかし、この報告は、スタディ・デザインに問題あったことより、専門家の間では、信頼性はないと結論されています。菅谷氏によりますとこの解析の問題点は、
@37度以上の発熱をインフルエンザと診断するなど、インフルエンザの診断基準が適当でない。
A流行に地域差があるにもかかわらず、前橋市のワクチン非接種群と高崎市、桐生市、伊勢崎市のワクチン接種群を比較したこと。
この、前橋市医師会の発表は、学会誌に発表されたものではありませんので、発表前に第三者の専門家の審査を受けたわけではないと思われます。本来は、参考として扱うレベルのデータであったと思いますが、データが一人歩きして、学童の集団インフルエンザ予防接種中止の根拠の一つになったことは、残念なことです。しかし、歴史とは奇異なもので、この中止の事実が後にインフルエンザワクチンの有効性を別な角度から証明することなりました。
 また、1979年のThe Lansetに発表されたHoskinsの論文では、毎年インフルエンザワクチンを接種すると効果が落ちると報告されましたが、現在ではこの文献はデータ解析の誤りが指摘されており、結果は誤っていると結論づけられています。実際、毎年接種しても効果が落ちないことは、以後いくつもの論文で報告されています。
 これからの臨床研究は、免疫反応を診断に加えることにより、インフルエンザの診断精度の向上が期待され、より確かなエビデンスが生まれるでしょう。しかしながら、これらの簡易診断キットは、偽陽性、偽陰性がそれぞれ10%ほど存在すると考えられ、一般診療においても、統計処理においても、配慮が必要です。尚、これらの診断キットの大部分は、ウイルスの内部の蛋白に対する抗体を使用しており、トリ型ウイルスを始め、すべてのインフルエンザウイルスに対応します。一種類のみNA活性でインフルエンザを検出するキットがあり、HAの変異とは無関係にウイルスを検出できます。検体は、発病48時間以内に、咽頭ぬぐい液、鼻腔ぬぐい液、鼻腔吸引液より採取します。ウイルスは、線毛上皮に付着していることが多いので、綿棒で擦るように検体を採取すると検出率が上がります。一般に咽頭ぬぐい液をとる検体は、他2者に比しやや検出率が劣るといわれています。