インフルエンザワクチン

 インフルエンザのワクチンは、鶏の有精卵にウイルスを接種してウイルスを増やして製造します。卵を孵化して、雛から、卵を産む鶏まで育てるのに約六ヵ月かかり、それ相応の鶏舎を必要とします。莫大な、時間と場所が必要なわけです。それゆえ、ワクチンの製造量を急に増やすことはできません。一般にA型インフルエンザは、B型よりウイルスが増えやすいのですが、2009年の豚インフルエンザのように、増えにくいものもあります。増えにくいと当然ワクチンの製造量は減少します。
 トリとヒトに致死的な新型ウイルスが出現した場合、この製法ではヒナが死んでしまうため、ウイルスを増殖させることができません。(現在の、手作業の製造では、製造者への感染の危険性も問題となるでしょう。)発育鶏卵に変わる方法として、培養細胞でウイルスを増殖する方法が研究されています。子犬の腎臓由来のMedian Darby Canine Kidney(MDCK)細胞や、アフリカミドリザル由来のVero細胞を使ってのワクチン生産が可能となっています。また、バキュロウイルスを使った製造法も研究中です。
 新型インフルエンザが出現した場合は、直ちにワクチンの製造が開始されますが、供給されるまでには6ヶ月はかかりますので、流行を阻止するには間に合いません。(実質的には、次年度の流行対策ということになります。)2005年の時点でのワクチン製造能力は3種のHAの混合ワクチンで1500万人分ですので、新型ウイルス1種にしぼれば、4500万人分の製造能力と言えます。更に、アジュバンドを加えると、8分の1の抗原量で同等の効果を得ることができますので、3億人分以上のワクチンを製造することができ、全国民に2回接種しても余る生産能力となります。但し、アジュバンドを加えると局所の副作用は強くなりそうです。
 日本では、マウスを用いたインフルエンザワクチンの力価試験が、これまで行われてきました。これは、日本のみある制度で、欧米にはありません。この、マウスを用いた力価試験は変動要因が多く、製品が国家検定にて不合格になることがしばしばあります。不合格品は廃棄されますが、ワクチン不足の現状を考えますと、まことにもったいない話です。平成12年度より、この検定システムは、蛋白量の定量となり改善されました。これは、一元放射免疫拡散(single-radial-immunodiffusion:SRD)法と呼ばれています。マウスの力価試験に比べ、迅速かつ簡便ですが、ホルマリン処理を受けた現行のワクチン蛋白は、抗原量が過少評価される可能性があります。
 ヒト型のウイルスがなぜ、鶏卵で増殖するか不思議に思えるかもしれません。ヒト型のウイルスは、最初羊膜細胞のみに感染しますが、継代する間にHAの226番目のアミノ酸がロイシンよりグルタミンに代わり、トリ型へと変化します。こうなると漿尿膜細胞のシアル酸を認識できるようになります。このトリ型への変化は、中和抗体が認識するエピトープに影響しませんので、ワクチン製造に問題ありません。
 ワクチンの投与経路として、日本では皮下注射が用いられています、米国では筋肉注射が行われています。以前日本で筋肉注射が問題となったことがあるので、皮下注射にしたのかもしれません。どちらの投与法でも効果に差がなく、皮下注射の針が深く入って結果として筋肉注射となっても、全く問題ありません。
高齢者に対する、ワクチンの効果は、抗体産生能をみると、やや若年者に劣っていますが、十分なものです。細胞性免疫は、高齢と共に減弱しますが、液性免疫は、高齢者でも保たれるようです。

 インフルエンザワクチンは、以前は、完全ウイルス粒子ワクチンでしたが、現在のワクチンはHAワクチンであり、インフルエンザウイルスの一部をとって、ワクチンの抗原としたものです。これは、副作用の低減を目的としたもであり、確かにその目的は達しているようです。しかしながら、完全ウイルス粒子ワクチンと同等の効果を保っているかどうかという確かな試験が行われたわけではありません。

 妊婦のワクチン接種に関しては、これまで「利益が危険性を上回る時に接種可」という曖昧な表現がなされており、医事訴訟の面から、実質的には接種ができない状態でした。しかし、欧米では妊婦がインフルエンザワクチンを接種することは、有益性が上回ると結論されており、米国では妊婦への接種が奨励されています。実際、インフルエンザワクチンは、不活化ワクチンであり、HAに対する抗体に感染性があろうはずがありません。また、妊婦に接種した場合に副作用が多いという報告もありません。日本でも今後は、接種の方向に向いて行くでしょう。接種する場合は、妊娠14週以降が勧められています。また、授乳婦への接種も、全く問題ありません。