蚊が媒介する疾患

 蚊が媒介する疾患には様々なものがありますが、その中で大きな比重を占めるのが、フラビウイルス科フラビウイルス属のウイルスです。フラビウイルス属は、エンベロープを持つプラス一本鎖のRNAウイルスで、日本脳炎ウイルス、ウエストナイルウイルス、黄熱ウイルスが含まれます。現在、問題となっているデングウイルスも属しています。いずれも治療薬はなく、対症療法となります。

◎日本脳炎 ( Japanese Encephalitis )
 日本脳炎ウイルスは、主に、南アジア、東南アジアに分布しています。かつては日本も多くの患者が発生しましたが、現在は予防接種の効果もあり、国内での発生は年に10人程度です。豚と蚊の間で感染が広がり、その蚊が人間を刺すことにより感染します。媒介する蚊は、コガタアカイエカです。豚は感染するとウイルス血症を起こすため、感染源となりますが、ヒトはウイルス血症を起こさないため、日本脳炎の人を蚊が刺しても、ウイルスを伝染させることはありません。多くは不顕性感染ですが、1000人に1人程度の方が脳炎を発症します。脳炎を発症すると頭痛、意識障害、痙攣を起こし、MRI検査にて視床、大脳基底核に病変を認めます。診断は、髄液及び血清中のIgM抗体にて行います。

◎デング熱 ( Dengue fever )
 デング熱ウイルスは、東南アジア、中南米、アフリカ等の熱帯に常在しています。媒介するのは、ネッタイシマカです。ネッタイシマカは、日中に人を刺すのが特徴です。年間数十人程度の日本人が流行地を旅行して発症し、日本にウイルスを持ち込みます。日本にウイルスが持ち込まれると、ヒトスジシマカが感染の媒介となります。この蚊は、20種類以上の病気を媒介する蚊として知られています。3~14日程度の潜伏期間の後に、突然の発熱で発症し、頭痛、筋肉痛、眼窩痛を伴います。数日後、一端解熱しますが、再度発熱し、二峰性発熱となります。多くは、一週間程度で解熱し治癒します。症状を現さない不顕性感染者も多いと言われています。今年の夏に100人以上の者が、代々木公園で感染し、さらに全国に患者が広がり、大きな社会問題となりました。デング熱ウイルスは1型~4型の4種類が存在し、同じ型のウイルスには免疫が成立しますが、違う型のウイルスには不完全な免疫となり、異種の型のウイルスに再感染するとデング出血熱と言われる重症の病態になることがあります。治療薬はなく、ワクチンは現在開発中ですが、4つの型が存在することが大きな障壁となり、難航しています。デング熱の発熱に対して、通常の解熱薬を使用すると血小板の機能を落として出血しやすくなることがありますので、アセトアミノフェン(商品名:カロナール等)を使用する方が安全です。ヒトスジシマカの卵は越冬しますが成虫は越冬しませんので、翌年に感染力を持ち越すことは通常ありません。しかし、都市の中には厳冬期でも比較的暖かい場所があり、越冬する可能性も否定できません。ヒトスジシマカは、ネッタイシマカに比し体内でのデングウイルス増殖は低く、感染媒介能力はネッタイシマカほど強くありません。発症前日から発症5日めまで血液中にウイルスが存在しますので、この間にこれらの蚊に刺されると人に感染する可能性があります。

◎ウエストナイル熱 ( West Nile fever )
 ウエストナイルウイルスは、もともとアフリカ、ヨーロッパ、西アジアに存在するウイルスですが、1999年にニューヨークでウエストナイル熱が発生し、現在は北アメリカ大陸全体に広がっています。ウイルスは、鳥と蚊の間で維持されており、人は蚊を介して、感染します。媒介する蚊は、アカイエカ、ヒトスジシマカ等多種存在します。日本脳炎と同様に人ではウイルス血症を起こさないため、感染者を刺した蚊が他者を刺しても、感染はおこりません。多くは不顕性感染で終わりますが、一部は、2~14日の潜伏期の後に、突然の高熱、頭痛、筋肉痛、発疹で発症します。高齢者は、重症化して脳炎になることがあります。ワクチンは、ありません。
◎黄熱病 ( Yellow fever )
 アフリカ中部、中央南アメリカのジャングルに存在する疾患です。黄熱病ウイルスはサルで維持されており、ネッタイシマカにより媒介されます。野口英世が研究した疾患として有名です。3~6日の潜伏期の後に発熱、頭痛、結膜充血で発症し、3~4日後に一端解熱しますが、再度発熱しします。肝腫大、黄疸が出現し、出血傾向から吐血、下血がおこります。致死率は10%ですが、弱毒生ワクチンで予防可能です。

◎チクングニア熱 ( Chikungunya fever )
 チクングニアウイルスは、トガウイルス科に属し上記ウイルスとは異なりますが、エンベロープを持つプラス一本鎖のRNAウイルスであることは共通です。東南アジア、南アジア、アフリカ等に常在しています。ネッタイシマカやイエカにより媒介されます。不顕性感染が少ないことは一つの特徴です。臨床症状は、デング熱にきわめて類似しており、鑑別には遺伝子検査(RT-PCR)や血清検査が必要です。

◎マラリア ( Malaria )
 原虫による疾患であるマラリアも蚊が媒介する疾患として重要です。マラリアは、アフリカ、南アメリカ、東南アジアを中心とした熱帯地域に存在します。媒介するのは、ハマダラカです。ハマダラカは、夜間に吸血活動をするのが特徴です。通常は、感染後1ヵ月以内に発症しますが、1年以上の潜伏期の後に発症することもあります。突然の高熱により発症し、三日熱マラリア、卵形マラリアは48時間ごと、四日熱マラリアは72時間ごとの周期的な発熱を繰り返します。熱帯熱マラリアは、発熱が持続する稽留熱のこともあります。マラリア原虫は、赤血球内に寄生し、感染赤血球率が上昇すると、貧血が強くなり、重症化を招きます。重症化すると、意識障害、痙攣、腎不全、呼吸不全となり、命に関わる状態となります。マラリアに対して、多数の予防薬や治療薬がある反面、薬剤に耐性のマラリア原虫も多く、適切な薬剤を見極めて投与することが大切です。