◎放射能の基礎知識と福島原発事故(2011年4月記載)

放射線と放射能

放射線とは、核分裂に伴って出るエネルギーのことで、放射線を出す能力を放射能と呼びます。

放射線の種類
★α線:ヘリウムの原子核であり、陽子2個と中性子2個よりなります。紙一枚で遮ることができます。
★β線:電子による放射線です。数mmのアルミニウム板で、遮蔽することが可能です。
★γ線:波長が10pmよりも短い電磁波。コンクリートは30cm、鉛は5cmで線量を1/10に減少させます。
★中性子線:最も透過力が強い放射線です。質量数(陽子数+中性子数)の小さい物質が遮断に有効であり、水やポリエチレンが使われます。

放射線に関する単位
★ベクレル(Bq):放射能を表す単位。1ベクレルは、1秒間に1個の原子核が崩壊するときのエネルギー
★グレイ(Gy):物質に放射線が当たった時の吸収されるエネルギー量。1Gyは物質1Kgあたり1ジュール(j)のエネルギーが吸収されること。1jは、2.4calです。
★シーベルト(Sv):人体が放射線を浴びたときに、その影響を表す数値。同じ、グレイ値であっても、放射線の種類によって、シーベルト値は変わってきます。 β線・γ線は1Gy=1Sv  α線は1Gy=20Sv
放射線の害の多くは、被曝に伴って発生する活性酸素が遺伝子を傷つけることが原因とされています。同じ被曝量でも、一気に浴びる方が、少量を長時間浴びるより害が大きくなります。これは、人体には損傷を受けた遺伝子を修復する機能が備わっており、少しずつの破壊は修復が間に合いますが、一気に破壊されると修復不能になるためです。DNAは、2本鎖でできており、片方のみの損傷はもう片方をもとに修復可能ですが、同じ場所が2本とも損傷すると、修復不能となります。

原子炉内で生じる放射性元素
原子力発電では、ウラン235の核分裂によって出てくるエネルギーを利用してタービンを回し、発電します。核分裂により、I131・Cs137・Pu238を含む様々な元素が生じます。
★I131:β線とγ線を放出するヨウ素です。放出する放射線の量が半分になる期間を半減期といいますが、I131は、約8日と短く、比較的早く消失していきます。現在汚染があっても、さらなる放射能の漏出がなければ、数ヶ月でほとんど検出されないレベルに低下します。しかし、人体に入った場合、甲状腺に集積する性質があり、40才以下(特に乳児)では将来甲状腺癌になる確率が増加します。現実に放射性物質による汚染が起こった場合は、ヨウ化カリウムを服用して甲状腺への被曝を予防します。コンブ等の海藻にはヨウ素が多く含まれていますが、吸収等に不確実性があり、被曝の予防として政府は推奨していません。
★Cs137:セシウム137はβ線とγ線を放出し、最終的にバリウムとなります。元素の性質としては、カリウムに近く、体内に入ると比較的多く筋肉に分布しますが、体内では利用されることはなく、比較的速やかに体外に放出されます。半減期が30年と長くても、体外に排出されていくため、体内に入ったセシウム137は約100日で半分になります。チェルノブイリ原発事故では、セシウム137が大量に飛散しましたが、住民の癌がこれにより増えたという証拠はありません。
★Pu:プルトニウムは原子炉内でウランより生じます。半減期は、プルトニウム238の場合87年、プルトニウム239の場合24000年です。経口摂取ではほとんど吸収されずに排出されますが、吸入すると約1/4が肺内に残り、α線を含む放射線により大きな障害を与えます。プルトニウムは、最終的に鉛となります。

放射性物質による汚染について
福島原子力発電所では地震発生時に自動的に制御棒が挿入され、核分裂は止まりましたが、津波により自家発電ができなくなり核燃料棒の冷却が不十分になりました。このため崩壊熱によりジルカロイ(ジルコニウム合金)でできた被覆が溶け、核反応後物質の溶出がおこりました。また、溶けたジルカロイが水と反応して水素を発生させ、水素爆発につながりました。使用済み核燃料棒についても、同様の機序で水素を発生させた可能性があります。
食品衛生法では、放射性物質をどの程度まで摂取してもよいかという規定が存在しないため、原子力安全委員会の摂取制限の指標値を暫定規制値として使用しています。元素ごとに暫定規制値が決まっており、
I131の場合、飲料水と牛乳は300Bq/kg、野菜類は2000Bq/kg
Cs137の場合、飲料水と牛乳は200Bq/kg、野菜類は500Bq/kg となります。実際にどれだけの影響を与えるかの単位はシーベルトであり、BqからSvへの換算式は、mSv=Bq×実効線量係数となります。実効線量係数は、ヨウ素の場合は2.2×10-5、セシウムの場合は1.3×10-5となります。基準値の値は、安全を十分に確保するために、真の危険値より大幅に厳しい値に設定されていることや、野菜1kgの量を1年間継続してとり続けることはあり得ないことであること、キャベツ等は外側さえ捨てれば問題ないこと、水洗すれば野菜に付着した放射性物質の多くはとれることなどにより現時点では大きな心配はありません。もともと一年間で自然に世界平均で2.4mSvの被曝を受けており、基準値を少し超えた程度の食品を一年間食べ続けても、この値を大きく上回るものではありません。ただ、今後種々の食品が汚染されてくるようになると、積算値として考えることも必要となり、判断は複雑になります。



◎放射性物質による汚染と医療で使う核物質(2011年5月記載)
I131の飲料水の暫定規制値は、300Bq/kgです。
I131は、医療にも使われており、今回の汚染水の放射能と比較してみましょう。

甲状腺の形や大きさを見たり、できものがないかを調べる検査に甲状腺シンチグラフィがあります。
甲状腺シンチを行う場合、約3MBqを服用します。
暫定規制値の300Bq/kgの汚染を受けた水でシンチグラフィを行うには、一万リットル、すなわち10トンの水を飲まないといけません。
もし、毎日1リットルずつ飲むと、27年かかる量です。
(注:最近は、半減期が13.2時間と短く、β線を放出しないI123が、甲状腺のシンチグラフィに使用されています。)

バセドウ病のアイソトープ治療を行う際は、約300MBqを服用します。
これを、上記汚染水で治療を行うには、百万リットルの水を飲まないといけません。
オリンピックの競泳用プール一杯分です。
もし、毎日1リットルずつ飲むと、2700年かかる量です。

甲状腺癌転移のアイソトープ治療を行う場合は、約3GBqを服用します。
上記汚染水で治療をするには、一千万リットルの水を飲まないといけません。
東京ドームのグランドに水をはって、プールにするぐらいの量です。
もし、毎日1リットルずつ飲むと、2万7千年かかる量です。


診断や治療の利益との引き替えの被曝と、汚染水による被曝を同列には扱えませんが、暫定規制値と同等程度の汚染水であれば、多少の飲水はそれほど心配することもないと思われます。
また、ここで記載したのは、水のみが汚染している場合であり、様々な汚染物が関与する場合は、被曝量を合算する必要があり、被曝を容認するものではありません。



◎放射性物質による汚染と被曝について(2011年9月記載)   主な参考図書:図説 基礎からわかる被曝医療ガイド(日経メディカル開発社) 数値に関する部分はそのまま引用しています。
 福島原発事故が起こって半年になります。放射性物質による汚染と被曝に関し、もう一度整理してみました。
 付近住民への被曝を防ぐという意味で、福島第一原発から同心円状に、半径20km圏を「避難指示」、20〜30km圏を「屋内避難指示」に指定をしました。しかし、SPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)の予測では、風向きや地形の影響により同心円状の汚染とはならないこと、実際の測定で飯舘村など圏外であっても汚染の強い地域があることが判明し、後日圏外であっても汚染の強い地域を「計画的避難区域」に指定しました。チェルノブイリ事故でも、放射線プルーム(放射性物質が、大気とともに流れる状態)は、窪地などの地形や風向き、降雨の影響などで降下するため、放射線量は同心円状にならないということが確認されており、今回の事故での避難区域設定の遅れと不適切な内容は、おおいに非難されるところとなりました。なお、SPEEDIとは、文部科学省の委託費および19道府県の負担金によって365日24時間緊急時に備えて運用されているシステムです。本来は、迅速にこのデータを元に避難区域を設定しなければいけませんでした。ICRP(国際放射線防護委員会)2007年勧告では、平常時の年間被曝量を1mSv以下に抑えるように、緊急事態期には事故による被曝量が20〜100mSvを超えないように、事故修復の復旧期には年間1〜20mSvを超えないようにとされています。被曝を最小限にし、放射性物質による汚染から復旧するには、速やかに詳細な汚染マップを作成することが必要ですが、原発事故から半年たった現在も完成していません。

 原子力安全委員会では、放射性物質による汚染が発生した場合、摂取制限すべき放射性物質として、放射性ヨウ素、放射性セシウム、ウラン、プルトニウムをあげています。このうち今回の事故で問題となるのは、ヨウ素とセシウムですが、放射性ヨウ素(I131)は、半減期が約8日と短いため、事故発生後半年がたった現在では、今後の被曝としては大きな問題になりません。しかし、放射性セシウム(Cs137)は、半減期が30年と長いため、過去に飛散した汚染物質より放射線が出続け、今後も大きな問題となり続けます。Cs137はβ線とγ線を放出します。元素の性質としてはカリウムに近く、体内に入ると比較的多く筋肉に分布します。体内では利用されることはなく、生理活動により体外に排出されていくため、体内に入ったCs137は約100日で半分になります。体内から排泄されても環境には残りますので、環境中の半減期が30年であることには変わりありません。福島から遠く離れた地域でも、下水を経由してたまった汚泥は、処理の過程で濃縮されるため、基準値以上の放射線を出す可能性があります。Cs137の暫定規制値は、飲料水・牛乳・乳製品は200Bq/kg、野菜類・穀類・肉・卵・魚は500Bq/kgです。成人の場合、飲料水を1.65L、牛乳・乳製品を200g、野菜類を600g、穀類を300g、肉・卵・魚等を500gを1年間摂取し続けてもI131で甲状腺被曝量が50mSv、Cs137では全身の被曝量が5mSvを超えない量に設定されています。被曝許容量を、年齢により変えるという検討も必要です。福島県から出荷された牛肉の一部から、1Kgあたり2400BqのCs137が検出され問題となりました。これは、原発事故後に汚染地で集められた稲わらを牛に食べさせたためで、1kgあたり50万Bq/Kgに達する稲わらもありました。肉用牛がこの汚染された稲わらを毎日1kg、3ヵ月間食べ続けた場合、牛肉に含まれるCs137は、1kg当たり4.5万Bqと推計され、この牛肉を人間が200g食べたときの内部被曝は0.15mSvと推計されます。

 Cs137に内部被曝した際の治療薬として、プルシアンブルー(Fe(III)4[Fe(II)(CN)6]3)があります。これは、消化管内に排泄されたセシウムの再吸収を阻害しますので、被曝後時間がたってからの投与でも有効です。Cs137の生物学的半減期を3分の1に短縮すると言われています。ただし、プルシアンブルーとCs137との結合物は不溶性であり、逆に排出を遅らせることもあるため、慎重な使用を求める意見もあります。
 外部被曝の問題として、土壌汚染があります。Cs137は半減期が長いため、時間経過に期待することはできません。土壌の入れ替えが必要ですが、汚染した土壌を隔離して廃棄する場所を選定するのに難渋しています。チェルノブイリでは、土壌の上下を入れ替える処置をしました。被曝量を10分の1にできるというデータもあり、コンテナ等で隔離した上で上下入れ替えを行うというのも一法です。

 Cs137以外では、放射性ストロンチウム(Sr90)にも注意が必要です。事故を起こした原発では放射性物質による汚染水が大量に発生し、これが大量に海に流れ、Cs137とともにSr90汚染がおこりました。ストロンチウムは、カルシウムと同じような性質を持っており、食物連鎖により濃縮されて摂取するとSr90は骨に沈着し、β線を放出して骨腫瘍や白血病のリスクを上昇させる可能性があります。国際的には、100Bq/kgの規制レベルが勧告されていますが、日本での規制レベルは2011年7月の時点では未定です。

 放射線被曝の影響として、急性放射線症候群と慢性期の影響があります。前者は、現時点においては心配ありません。低線量被曝の人体への長期的影響については、科学的な結論はでていません。放射線と生活習慣の発癌の相対リスク比較では、100〜200mSvの発癌リスクは1.08倍であり、野菜不足の1.06、受動喫煙の1.02〜1.03と同程度です。喫煙者や大量飲酒者の発癌リスクは1.6倍であり、1000〜2000mSvの被曝と同程度です。 



◎食品中の放射性物質の新たな基準値について(2012年3月記載)   文書の一部は、関係省庁のHPよりそのまま引用しています。
 食品衛生法では、放射性物質をどの程度まで摂取してもよいかという規定が存在しないため、原子力安全委員会の摂取制限の指標値を暫定規制値として使用してきました。このたび、ようやくセシウムを中心とした放射性元素に対する基準値が設定され、平成24年4月より施行されることになりました。
 現在の暫定規制値に適合している食品は、健康への影響はないと一般的に評価され、安全は確保されていますが、より一層、食品の安全と安心を確保する観点から、現在の暫定規制値で許容している年間線量5ミリシーベルト(mSv)から年間1mSvに基づく基準値に引き下げられました。年間1mSvとするのは、食品の国際規格を作成しているコーデックス委員会の現在の指標で、年間1mSvを超えないように設定されていること、モニタリング検査の結果で、多くの食品からの検出濃度は、時間の経過とともに相当程度低下傾向にあることによります。新基準値では、特別な配慮が必要と考えられる「飲料水」、「乳児用食品」、「牛乳」は区分を設け、それ以外の食品を「一般食品」とし、全体で4区分としています。
注:コーデックス委員会は、消費者の健康の保護、食品の公正な貿易の確保等を目的として、1963年にFAO及びWHOにより設置された国際的な政府間機関

 暫定規制値  Bq/kg  新基準値  Bq/kg  
 飲料水   200  飲料水   10 全ての人が摂取し代替えがきかず、摂取量が大きい。
WHOが飲料水中の放射性物質の指標値(Bq/kg)を提示。
水道水中の放射性物質は厳格な管理が可能。
 牛乳・乳製品   200  牛乳   50 子どもの摂取量が特に多い。食品安全委員会が、「小児の期間については感受性が成人より高い可能性」を指摘。
野菜類・穀類・肉・卵・魚 他   500  一般食品  100  以下の理由により、「一般商品」として一括して区分。
個人の食習慣の違い(摂取する食品の偏り)の影響を最小限にすることが可能。
国民にとってわかりやすい規制。
コーデックス委員会などの国際的な考え方と整合。
     乳児用食品   50 食品安全委員会が、「小児の期間については感受性が成人より高い可能性」を指摘。


 製造食品、加工食品については、原材料だけでなく、製造、加工された状態でも一般食品の基準値を満たすことを原則とします。ただし、以下の①、②の食品については、実際に食べる状態の安全を確保するため、実際に食べる状態を考慮して基準値を適用します。
① 乾燥きのこ類、乾燥海藻類、乾燥魚介類、乾燥野菜など原材料を乾燥させ、水戻しを行い、食べる食品
→食用の実態を踏まえ、原材料の状態と食べる状態(水戻しを行った状態)で一般食品の基準値を適用します。注)のり、煮干し、するめ、干しぶどうなど原材料を乾燥させ、そのまま食べる食品は、原材料の状態、製造、加工された状態(乾燥した状態)それぞれで一般食品の基準値を適用します。
② 茶、こめ油など原料から抽出して飲む、又は使用する食品
→原材料の状態と飲用、使用する状態で食品形態が大きく異なることから、原材料の状態では基準値の適用対象としません。茶は、製造、加工後、飲む状態で飲料水の基準値を、米ぬかや菜種などを原料とする油は油で一般食品の基準値を適用します。
 上記の基準値上限の「飲料水」「乳児用食品」「牛乳」を100%、「一般食品」を50%の割合でとり続けたとしても、年間の被曝量は、1mSvには達しません。現実に流通している食品で、この基準値を超えている食品は、きわめてまれにしか存在せず、実際にこのような割合で汚染食品を摂取することはあり得ません。今回の基準はきわめて厳しい数値といえます。



京都市中京区 内科皮膚科 西村医院